19. 肩身の狭さ
今週来週の平日は全部、三者面談期間だった。
授業が早めに切り上げられるから気分がいい。いつもよりも大目に自習ノルマを進めることができるしな。
「まぁお前の点数なら、勉強面では別に言うことはないな」
俺の場合は、三者面談というか二者面談——俺は、珍しくスーツを着ているモリミヤと教室中央で向かい合っている。中央の4つの机以外の机と椅子は後ろに集められ陳列している。
「どうも」
「でも、志望校だが、ナミキリの成績ならより良いところも行けるだろう。もちろん今書いてるとこも難関だが、もっと上は書かないのか?あ、別に書けと言ってるんじゃないぞ」
「やっぱり自宅から通えるその大学がいいんで」
「なるほどな。でもその理由だけなら、もっと上の大学も書いておけばいい。別に受験する必要はないけどな」
「どうしてですか」
「見栄えがいいってだけだ」
「見栄え、ですか?」
「あぁ、下らないことかもしれないが、見栄えも大事なんだ。帝大C判とか出れば、お偉い先生方もこの成績がどれくらいかってわかるだろう。こういう実際とは関係のない、報告とかアピールとかも必要なものなんだ。社会人になったら分かるさ。仕事をするよりも仕事をしたと報告する方が大事だってな」
「なるほど……、じゃあ次からそうします。……というか話は変わるんですけど、奨学金は大丈夫でしたか?」
「あぁ問題ない、大丈夫だ。何か言われることもないだろう」
モリミヤは、俺の目を見ながらハッキリそう言った。
「……ありがとうございます」
内心かなりホッとする。モリミヤも何も言って来なかったし大丈夫とは思っていたが、こうして言葉にしてもらえるとやっぱり安心する。
「将来、どうしようとか考えているのか?」
「大手とか外資とかそのとき給料が一番良いところで働こうかなと思ってます」
「うん、いいじゃないか」と優しく受け止めるように微笑み、「じゃあ以上。で、正直もう話すことないんだよな。学校生活の話するか?」と言われた。
「いやいいですよ」苦笑しながら答えた。
「そう身構えなくていいぞ、ただの雑談だ」とモリミヤは笑いながら軽く伸びをして続ける。
「ナミキリ、いつもそう長い時間勉強してると疲れないか?特に根詰めて暗記した後とか疲れて、10分くらい休憩してしまったりしないか?」
「……まぁたしかにあるかもです」
「そういうとき、ちょっと外出て気分転換したりするだろ?」
「たしかに、時々しますね。図書室出て少し歩いたり」
「場所変えたくなるんだよな。じゃあ次は古文単語暗記しようってときに場所変えるだけで集中しやすくなるしな。わかるか?」
「あーあるあるですね」
「だよなー、あとは学校で図書室以外の自習室が欲しいと思ったりしないか?同じ施設だから移動するだけで気分も切り替えられるからな」
「たしかに思いますね。ちょっと探したこともあるんですけどね。なかなかないんですよ」
「なかなか見つからないだろうな。だが、雑音がある所でぶつぶつ呟きながら暗記して、次は静かな所で数学の計算をするみたいに、場所毎に勉強する科目を決めるとかできたらいいよな」
「あーたしかに、そうですよね。数学の計算のときとか自分のペンの音だけ聞こえているって状況だとより集中できますね」
なんだ勉強あるあるをよくわかってるじゃないか。
「特に文芸部室とかいいよなぁ」
「そうで……ん?」
「あれ、よく見れば……ナミキリお前、文芸部の部長になるために生まれてきたような顔してるぞ」
「いや、どういう顔ですか?」思わずツッコむ。
「つーかただの入部勧誘ですよね、それ。ハメましたね!」乗せられていただけだった。
「そう言うな。私の喫煙室」ゴホンと軽く咳払いするモリミヤ。「愛すべき部活がなくなりそうなんだよ」
「喫煙室ってもう言っちゃってましたよ」
「何のことだ?」真顔のモリミヤ。
「いえ」即答の俺。
「この高校は体育教官に喫煙者が多くてな……、考えてみろナミキリ、彼らに囲まれながらタバコを吸いたいか?」
「タバコ吸わないんで分からないですけど、まぁ囲まれたくはないですね。昼飯といいタバコといい大変ですね。とりあえず、タバコやめればいいじゃないですか?」
「職員室というストレス社会には必須アイテムだよ。……それよりどうだ、文芸部は?」
「いやいいです、すいません。部活動にあんま時間とられたくないですし、勉強だけじゃなくて家事とかありますしね」
「そうかー残念だな……」モリミヤはしんみりした顔でそう言った。
「……何かすいません」まぁモリミヤの部活はたしかに面白そうではある。それに、こう言ってくれたってのは、俺のことを心配してのことだろうしと少し罪悪感がある。
「私の喫煙室存続の危機だ」と溜息をもらすモリミヤ。
「いやそっちですか」
「まぁいい。雑談だ、気にするな」と口元をニヤリと上げながらそう言った。
「わかりました……、先生は三者面談どうですか?何か変な親いたりしました?」
「それだよ、疲れた!本当に」そこでドタッと両手を机に付けてうなだれるモリミヤ。
「ここはS特だから、親の期待も強い子が多いんだろうな。学校の上の圧力もあるしな。だが、今の段階だと、皆高望みの志望校とか書いてるから、ナミキリみたいに第一志望校A判定が出てる子なんてほとんどいないし。成績が悪いと、なんでうちの子を見てくれてないんですかって親もいる。話が逸れるが、うちの高校含めてもの凄く宿題が多い学校って他にもあるだろ?」
「はい」ネットでよく見かけるな。
「あれはさ、教師が生徒に宿題出してますよ、つまり、勉強させてますよってアピールに過ぎないんだよ。面談のときに、うちの子成績伸びてないです、学校は何してるんですかって親から言われても、こっちは宿題を出してますよ、でもナミキリ君宿題してる?してないよねって話にできる訳だ。つまり、こっちに責任はないという話にできる。全部が全部そうであるとは言わないが、もはや宿題は学校が身を守るためのものになりつつある。たしかに、すればたしかにプラスではあるだろう。だが、そのプラスは所詮はしないよりした方がいいという程度でしかない。その程度のプラスだけで余計な業務が増えていく。仕事と同じさ」
モリミヤはこれ見よがしの溜息を吐く。
「まぁ僕は宿題してないですけどね。でも、先生もあんまし宿題出さないですよね」
「成績は伸びないしお互いの作業が増えるだけだからな。宿題なんてどうせ皆答え丸写しで終わらせてるだろう」
モリミヤは、やれやれと言いながら少しぐったりしているように見えた。
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