15. 断絶2
俺はリーダーと代わり前方へ出て、ビルの影から通りを覗き込む。
計6車線の大きな通りで、真ん中には中央分離帯の草木がある。その向こう、人がおらず止まって動かなくなった車たちの向こう、そこにたしかに一体。
俺は左右を再度確認し、他の敵がいないことを確認する。
そして、まずあいつの位置までのルートを計算する。手前の歩道に右足で一歩、次に少し左の黒い車のボンネットに左足、次にこちらから見て3車線目の紺の車のルーフを両足で大きく蹴り、中央分離帯を飛び越え、その次は5車線目の白い車両のルーフに両足をつけ、そこからあいつを思い切り落とす。黒、紺、緑飛び越えて、白……そして、最後は黒。自分の跳躍力の小ささを加味して計算する。
深く深呼吸。まず、ルアハを足に集めるイメージ。つま先、足の甲、ふくらはぎ、太股。自分の下半身にルアハが集中してきたのを感じながら、俺は深く腰を落としていく。
左手に、他の奴らよりも小さく短い刃物を出現させる。右手だけ地につけたクラウチングスタートのような態勢をとる。
ぶっ飛ばして相手の元に辿りつくだけで終わりじゃない。喉元に一発を喰らわせるか、そう一発だ。効果的な一発を喰らわせられなかったら俺は喰われる。もしミスったら……そこから引き返す分のルアハも残さなくてはならない……。いや、考えるな。行って、必ず一発で。
深く息を吸い込み、思い切り、地を足で蹴り飛ばす。ルアハの伝導率の悪さから、剥き出しになった神経を直接撫でられるようなビリビリとした痛みが足に走った。
足元のコンクリートの地面をガッと押し込んで跳ぶ。全身に、全力疾走しているとき以上の風圧を感じながら、一台目、二台目、そして中央分離帯を空中で何とか超える。
訓練のおかげか、ルアハの加減は問題ない。中央分離帯の上空で、俺はそう思った。次の白いルーフへの着地も上手くいきそうだ。
俺は白い足場、敵寄りの車のルーフの後方を踏みつけた。グッと力めるくらいに膝を曲げ、最後は真っ黒い奴の方へ向かって思い切り飛び立つ。
そこで奴は俺に気づき、こちらを振り返った。牙が何本もある馬鹿デカい口を開け、突進する俺を待ち受ける。だが、もう遅い。俺は、空中で振りかぶった刃物で、後はこいつを脳天から切り落とせばいいだけだ。
全てのルアハを両手から背中へと集中し、右上段に刃物を構える。これならいけるぞ。
だが、空中にいた俺にはこいつの後方の黒い闇が見えた、見えてしまった。
「ラプチャーだ!」
そいつへ突進していく中途で絶叫する。もうダメだった。その裂け目——ラプチャーから、もう一体がこちらの世界に両手をかけ、馬鹿でかい顔を突き出し、その異様な口を開いているのが見えた。
その化け物の顔の大きさを手前にいる奴と比較すれば、おそらくその体長は手前の奴の2,3倍はゆうにあるだろう。
ラプチャーは奴らの身体に比べて何倍も小さいが、奴らはそれを押しのけ、引き裂いてこっちの世界へやってくる。
まだ俺は、滞空状態のままだ。切ってから逃げるか……、いやもう無理だ。俺がここで運良く近くの一体を仕留めることができたとしても、後方のあいつからは逃げられない。奴らの発生源へ気を張っておくべきだった。切っても切らなくても殺られる可能性がある。切るしかない。
俺は手前の奴に急接近し、一太刀を浴びせた……つもりだったが、途端右からぬっと現れたそいつのドス黒い尾にわずかに食い込むだけとなった。
それだけでなく、馬鹿デカい尻尾の勢い全部を殺せず、俺は真下に打ち付けられた。硬いコンクリートに鞭打ちされた。口から内臓が飛び出しそうな痛み。
奴が、茶褐色のバカでかい目で俺を見下しながら、何本もの牙をもった大きな口を開け、俺を喰らう態勢へと構える——、勢いをつけるため頭を後方へと逸らす。
そいつから離れるため俺は立とう立とうともがくが、足に力が入らず道路を何度も擦るばかり。全身にガンガン痛みが走る。ヤバい。終わった。
途端、腹部にもの凄い圧がかかった。食っていたものが全部吐き出そうになるくらい強い圧。その圧によって、そのまま通りの向こうの道路へ飛ばされ、開けた広場に一旦着地し、さらに奥へと一緒になって飛ばされる。少し下に、ルビーみたいに赤い髪があった。それはリーダーのもので俺は助かったのだとわかった。
小さなマンション、その4階の一室——もう一つの拠点。クランの他の二人も先に待っていた。
「あんた、死にたいの?」俺の胸ぐらを掴むリーダー。その言葉は強い怒気を孕んでいた。
「……切る段になって気づいたんです。カンナさんだって、殺るか殺られるかだったら自分はどうあれ殺る方を選ぶでしょう」
俺は、全身に走る痛みと重苦しい疲労感とで投げやりに答えた。
「私は、切る段になる前に気づけって言ってんのよ。次に繋げるための動きをしろって言ったのを忘れたの?!……大体、何?殺るか殺られるかなんて言葉を一丁前に使ってんのよ。あんたはそれ以前の問題なの。殺るか殺られるかに持ち込まないために、全力で脳みそ使えって言ってるのよ」
グッと俺の襟元が苦しくなる。
現時点ではそんなこと不可能だと思ったが、何も言い返せない。
「使うも何も、現に気づいたのが遅かったんです。先ず以て事前に察知するなんて、俺には無理ですよ……」
「……ちっ、クソガキが、甘えんな!わかった口聞いて、簡単にそんなこと言うな!殺るか殺られるかの土俵になった時点であんたの負けなのよ!」
リーダーが、俺を殴ろうとする。が、リーダーの右手は横から止められた。
「あそこがラプチャーだった。それが分かっただけでいいじゃないか。十分な収穫だ」
ミチハルさんはそう言って、掴んだリーダーの手を離す。
だが、そんなフォローなんてお構いなしにリーダーはこちらを睨み罵倒してくる。
「クソガキ、あんたはわかってなさすぎる……そんなうだうだ言って植物状態になって終わりたいの?はい終わりです、人生結構満足でした。でいいの?それに、誰がそんなあんたの面倒みるのよ。電力で自分の心肺を動かして貰って、本当は二度と意識なんて取り戻すことはないのに……。そのとき苦しむのは誰よ!わかる?!お前じゃねぇんだよ!」
俺は何も言えなかった。
「……早く合流しよう。待ってるから……」
その声で制されたリーダーは俺をキッと睨みつける。
「……そんなに死にたいんだったらいいな。私が殺してやるよ」
そう言って、俺の胸ぐらを解放すると同時に突き飛ばした。俺はその場にドサッと尻餅をつく。
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