12. 亀裂はいとも容易く


 「そういえば、ユウさ、機械科の男子に暴力振るわれて、警察まで来たって聞いたけど大丈夫だったの?」


 食べ終わって、皆にお茶を淹れ終わったところでキタがそう言った。


 家の中がしんと静まり、ヒカリさんとナツキがちょっと驚いたように俺を見る。


 「え、あ、まだお聞きじゃなかったんですか?」


 二人の反応をみて少し焦ったようなキタ。

 

 当たり前だ。わざわざ自分から心配させるようなこと、好き好んで言う訳ねぇだろ。


 ヒカリさんに要らないことを抱え込ませたくなかった。


 「そうなのユウ君?何で言ってくれなかったの?大丈夫?」


 説教するというより、ちょっと悲しげな表情でヒカリさんが俺の顔をじっと見てくる。


 「いや、言うまでもないただの小競り合いだったんですよ、本当に」


 「でも、3人から一方的にって聞いたんだけど」


 要らないことを……、俺が思い切り睨みつけたことに気づいたキタはちょっとビクッとして少し身を小さくした。


 ほら見ろ、ナツキまでびっくりして不安そうな顔をしてるじゃないか。


 「3人いても、俺はその内の1人とだけしか揉めてなかったので、特に何もなかったですよ」


 「でも、警察も来たんでしょ?」とナツキ。


 「あぁ、それは……」自分で警察を呼んだと言うのは大袈裟にしそうだからそれは避けて、「たまたま通りかかっただけだよ、別に大したことじゃない。おかげで喧嘩に発展しなかったし。一発腹を殴られただけで終わりました。やり返したかったんですけど」


 はは、と笑って誤魔化そうとするが、ヒカリさんやナツキの真剣な面持ちに圧されて乾いた笑いしか出ない。


 「……イジめられたりはしてない?」


 悲しみ混じりの心配そうな顔のヒカリさん。


 ヒカリさんは、俺らに何かあれば親である自分が至らなかったせいでこうなったと責任を感じてしまうような性格だ。


 こんな風に、ヒカリさんに責任を感じさせるのは嫌だったから言わなかった。——いや、ヒカリさんの心配した目を思い出す。単に、イジめられてるみたいな情けない状態にあると、ヒカリさんには死んでも思われたくなかっただけだったのだろう。


 「あ、それは大丈夫ですよ。機械科でコースも違う奴らで、今回はたまたま行き違いがあったからで、ほらヤンキーとかってお前ガンつけただろ?ってだけで絡まれるじゃ無いですか?それだったんです」


 ヒカリさんに何でもないように振る舞い、


 「なぁカナ、うちの高校そんな感じだよな?」とキタの呼び方を変えて、もう一度鋭い眼差しを浴びせ同意を促す。


 「う、うん。たしかに違うコースの子は、ヤンキーみたいな子が多いかも……」俺の目線に若干萎縮しながらキタは答えた。


 「あー、そうね。私のときも、たしかに、男子は大変そうだったわね。電車に乗ってると違う高校の人から睨みつけただろって言われて絡まれたーなんて言ってた」と、ヒカリさんがホッと胸を撫で下ろしているのを見て俺も安心した。


 「そっかー、男子って大変なんだねー。女子でよかったー」とナツキも安心したようだ。


 「そうさ、ナツキ、男子ってのは面倒な生き物なんだ。だから、お前に告白してきた奴もそういう下らない人間の一人なのさ。ちゃんと勉強している人を選びなさい」


 「うわ、出た。兄ちゃん、もう禁固刑20年だよ!」


 健全な会話に持って行くことができたことに俺は安堵した。

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