10. 喜びは、人の笑顔から

 「すごい、ユウくん!また1位だね、私学年1位なんて獲ったことないよ!いつも頑張ってるもんね!」


 「まぁ勉強してるんで」


 と言いつつ、ソファで俺の成績表を広げて横に座るヒカリさんが、本当に嬉しそうな顔をしているので幾分こちらも嬉しくなった。


 「えぇー素直に喜ぼうよ」


 「嬉しいは嬉しいですけどホッとする気持ちの方が強いですし」


 「んーでも一番だよ、一番!」


 ヒカリさんは、ピンと立てた人差し指を俺に向ける。


 「ただかなり勉強してる部類ってだけですから……」


 俺はしてる、他はしてない。それだけのことだ。


 「例えば、一番といってもオリンピックの100mで参加している全員が努力してる上での一番とまた違う気がします。今の高校のレベル的に、小学生たちの中で俺だけが一人本気で走ってるみたいな感じですよ」


 「ユウ君ねじ曲がってるなー」と言いながら、クリッとした目を優しく細め俺を見ながら続けた


 「でも私は、周りが小学生の中で全力で走る高校生ってなんかいいと思うけどね。……うん、それが大事だと思う」腕を組みうんうんと自分で納得し始めたヒカリさん。


 「でも、ネットとかみたら、俺とタメの奴で高3の模試受けて帝大A判定とかの奴もいますし、俺の成績なんかそいつのいる名門高校の中だったらフツーというか下の方になりますって」


 「SNSは色んなの見えちゃうからね。その同い年で帝大がA判定って子自身も、高校全部飛び級でハーバードに入ったって人と比べちゃうかもだし」


 「それはそうですけど、ハーバードまではいかなくていいと思いますよ、十分凄いですし」俺は苦笑する。


 「じゃあさ、ユウ君はどのレベルだったら、ここまではいかなくていい、比べなくていいって思うの?」


 「それは……、その帝大の人までは比べた方がいいと思います」


 「そうかー、じゃあユウ君は同じ国なら違う高校だけど同じ学年の人は比べた方がいいと思うってことね」


 「……はい」


 そうなるけど何か釈然としない。


 「それでも、私は人と比べるより、自分が走り続けられるか、それが大事だと思うな」


 「でも比べないと、人の成長が停滞しませんか。やっぱり、競争心みたいなものがあるからこそ、社会の発展があると思うし」


 「そんなことないよ、生きるのって、走り続けるのってそれだけで意外と難しいのよ。どこでどれくらいペースを上げるべきなのか、どのペースで走れば自分が潰れてしまうのか、あとは、何のために走ってるのか、とかね」


 そんなこと言っても、ヒカリさん自身だって別に大した学歴じゃないだろうし、今だって、ヒカリさん自身が自分で前に言ってたみたいに事務ばかりで大した年収でもないんだろうと思ったが、それは言わないでいた。ここで何を言おうが、俺が今ペースを上げないといけないときだという考えに変わりはないから。


 「とりあえず!今回は私がユウ君の代わりにユウ君を褒めてあげるよ!」と、ヒカリさんは俺の頭を撫でようとしてくるが、俺は恥ずかしさからそれを避ける。


 避けた俺を見ながら、膨れ面をするヒカリさん。


 「流石に高2ですよ。そんな大人しく撫でられる方がオカしいです」


 「まだまだ子供だよ。少しくらい甘えてもいいのに」


 「そういえば、ヒカリさんの高校のときってどんな感じだったんですか?」話を変える。


 「んー、勉強もスポーツもそんなにできなかったなぁ、何かボーッと生きてたよ」


 「それは今も変わらないじゃないですか」と俺がツッコむ。


 「あーユウ君失礼だな」とクッションを俺に投げてきた。ボフッと俺の顔に当たるが痛くない。


 「冗談ですよ」たしかにヒカリさんは芯がある感じだ。「でも、どっかで変わった感じですか?勉強とかどんな感じでした?」


 「成績は中の中をふわふわして、大学も中の中のところにスーッと入った感じかな。あ、でも就活は少し頑張って大きめの企業に入れたかな」


 「え、今の職場と違ったんですか」


 「これでも色々あったのよー」と手をヒラと振るヒカリさん。


 「まぁちゃんと考えて生きないとって思っただけだよ。人間は、どうせ死んじゃう弱い生物だけど、それでも考える葦であるってね」と、ちょっとキメ顔で俺に人差し指を向けてくる。


 「キメ顔やめて下さい。しかも、その引用別に上手くないですよ」


 「あららー。中学生のときは、ヒカリさーん、ヒカリさーんって泣きべそかいてよく抱きついてきてたのに……それが高校になって私の背も抜かして……」とグスンと泣いた振りをしてくる。


 「いや、記憶の改ざんやめてください!そんなことしてないです。たしかに、背は抜かしましたけど」


 「ユウ君も高校生になって傲慢になったのね……!」と、さっきまでしていた泣き真似から一転、俺をくすぐろうとしてきやがった。


 くすぐりには滅法弱い俺は、全力で阻止しようとしたがそうもいかなかった。ヒカリさんは俺に半ば乗っかるようにくすぐろうとしてくる。そして、抵抗するときにヒカリさんの胸に俺の手が思い切りふにゅと触れてしまった。俺は思わず引っ込める。しかし、ヒカリさんはそんなことに全く気づかないようで、総攻撃を受ける羽目となった。


 総攻撃が終わり、俺はぜぇぜぇ喘ぎながら、

 「わ、わかりました、俺が悪かったですよ」と不服ながらも謝る。


 「わかればよろしい」大きく胸を張って満面の笑みで頷くヒカリさん。やはり少し意識してしまう。


 「あ、あと、すいませんでしたね。起こしてしまって」


 俺がそう言ったところ、ヒカリさんからの返事がなかった。


 「ヒカリさん?」


 ヒカリさんは、突然心あらずといった表情をしていた。


 「……あ、ううん、いいよー」少し間があって、総攻撃に疲れたのか目が眠そうに途端とろんとし始めた。と思ったら、こめかみを自分の指でグリグリするヒカリさん。


 「また頭痛ですか?」


 「……うん、みたい。もう少しだけ寝てもいいかな」


 「はい、お仕事お疲れ様でした。メシ作っておきますよ。パスタでもいいですか?」


 「うん、いつもごめんねー。それまで少し寝ると思う」


 とヒカリさんはソファにバサッと横になった。

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