9. たまの出逢い、そしてさよなら

 窓の外で日が沈みかけていたところで、図書室司書のおばさんのホタニさんが、受付から「そろそろ図書室閉めますよー」とちょっと声を張ってアナウンスしてきたのを合図に、俺は自分の勉強道具を片付ける。


 今日のノルマは達成した。英単語帳だけ手に持ち、帰ろうとしたところクリュウがシャーペンを片手に目を閉じていた。本当よく寝てるよな、何でこいつに負けたんだろう。と思いつつも、いつものようにそのまま帰ろうとしたところ、


 ホタニさんが出入り口から「あらまぁ、またクリュウさん寝てるのねー。ごめんナミキリ君、その子起こしてくれるー?私ちょっと用事があるから」と言って図書室を出ていった。


 俺はそこで、この役目を誰かに押しつけれないかと周りを見渡した。だが、俺ら二人が最後のようで他に誰もいなかった。


 「ねぇ、もう閉まるってよ」とクリュウに呼びかけるも返事がない。


 「あの、クリュウさん、もう図書室閉まるみたいですよ」と少し声を大きくしたが、それでも返事がない。


 仕方なくクリュウの横まで立って、「図書館閉まるって!」とさらに大きな声を出すと、ようやく瞳が薄く開いた。


 「……寝てた。ありがとう」とこちらに顔を向いて呟くように話す。


 「いや、いいですよ」


 俺はクリュウの開いてる数学の参考書に興味があったのと、クリュウがどういう風に勉強をしているのかに興味があったので、話を続けることにした。


 「あ、俺ナミキリ。話すの初めてだし、一応」


 「知ってる、ユウ君……だよね?」


 「何で知ってるの?」


 「……有名だから」


 「どこで?」成績の順位?だったら、何で下の名前で認知している?


 クリュウは、そこで少し困ったような顔をしていた。


 「あー、キタの知り合いとか?」と俺は思い当たった。


 俺のことをそう呼ぶのはあいつしかいない。あいつ、俺のこと色々言いふらしてんじゃないだろうな。殴られたこともやっぱりあいつが遠回りの原因になっているんじゃないか。


 「キタ……誰?」


 「キタカナってS特文系の奴」と答えるも、クリュウは首を傾げただけで、その後何も続けず俺をじっと見ている。


 「そこはまぁいいや。……それより聞きたいことあって。模試で今回またクリュウさんに数学負けたんだけど、どういう風に勉強してるの?」


 クリュウは、それに答えず、机の上に置いていた自分の参考書と文房具をバッグに仕舞っている。無視されたかと思ったところで、俺の質問にようやく返してきた。


 「どんな風って?」仕舞い終わったから返事したのか。マイペースな感じだな。


 「あぁ、例えば俺は間違えた問題を3回解き直す感じで勉強しているんだけど、クリュウさんもそういう風に意識してることとかあるのかなって思って」


 「特にない」そんなことはないはずだと思った。また、クリュウでいいとも付け加えられ、俺は頷いた。


 「じゃあさ、間違えた問題の復習ってどうするの?」


 「解説を眺める……解説を要素に分解して、自分に不足していた点を探す……定義・定理を見返す……場合によっては証明し直す」ゆっくりと話してくる。


 「なるほど。証明し直すってのはしてなかったな。用いた公式とかだよね?」と聞くとまたコクと頷かれたので「ありがと」と言った。


 「ううん、いい」


 「……そろそろ出ようか」色々聞きたかったが、天才肌タイプのようで勉強法とか考えている感じでもなさそうだ。


 俺らは一緒に図書室を後にし、昇降口まで一緒に歩くも、会話はあまり続かなかった。


 「数学好きなの?」という質問も、「うん、好き」だったし、「数学以外は勉強しないの?」にも、「うん、しない」とか、端的に答えられる感じだったから。


 変わった奴だなと思ったが、数学以外勉強しないのは、おそらく文系科目がかなり苦手なんだろう。数学に勉強時間全振りなら総合順位で抜かされることはないか。


 チャリ通だった俺は駐輪場に向かうため昇降口でクリュウと別れた。

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