8. 図書室、もはや未来にはない空間



 放課後は、図書室で勉強するのが俺の日課だった。


 図書室に入ると、クリュウが奥の机の窓際の席でシャーペンを持ったまま寝ていた——つまり今日は特等席に座れないということだ。


 クリュウとは一度も話したことはないものの、水面下では毎日のように特等席争奪戦がおこなわれている。


 俺ら二人が好んで選ぶ席が同じで、先に来た方がその特等席に座れるってだけだが、数時間の自習のパフォーマンスが関わる死活問題だ。俺が一番奥の長机を先に陣取れば、後に来たクリュウが隣の長机に座る、そのまた逆も然り。


 その奥の机は、窓からここちよい風も届くし、吹奏楽部の奴らの音程を合わせる金管楽器の音が勉強にほどよいノイズとして聞こえてくる。おそらくクリュウも、その席の心地よさを知っているのだろう。


 仕方がない。俺は次点の席である特等席横の机に向かう。その途中で、クリュウの方へ軽く視線をやる。すっと通った鼻、小ぶりな唇、均整の取れた顔をしている。短い髪は窓からの風でさらと揺れている。銀フレームの眼鏡がちょっとブカッと大きい感じだったが、その分クリュウの顔の小ささが強調されていた。


 だがそれより気になったのは、今日もやっぱり勉強しているのは数学ってことや、端正な文字で書かれた数式がきっちり並んでいるノートや、使ってるのが学校の指定教材じゃない『学部への数学』というB5判の薄いノートみたいな参考書だってこと、ついでに、どんな勉強法をとっているのかってことだ。これは断じてストーカー行為なんかじゃなく敵情視察ってやつだ。


 俺が隣の机にバッグを置いたところで、クリュウの大きな瞳がパチと開き、俺と目が合った。


 「あ、悪い」と思わず声をかけてしまった。


 小さな口を開けてあくびをするクリュウ。


 「……気にしてない」と淡泊な感じで帰ってきた。


 「なら、よかった」という俺が言うとコクと頷き返してきた。


 クリュウの声は今日初めて聞いたかも知れない。機械的な感じで会話する奴だなと思ったが別に不快感はない。ちゃんと勉強している奴は好きだからな。

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