7. たかが同い年というだけだけど

 そちらに顔を向けると、同じクラスのキタカナ。軽くウェーブした黒髪から、整った顔を覗かせ、俺を見ながら微笑んでいる。


 男子どもが格付けランキングで放課後騒いでいたな。クラス1,2位とかなんとか。アキヤマなんかも授業中チラチラこいつのことを見ている。


 「あぁ勉強してるしな」俺はできるだけそっけなく答えた。


 「私も勉強してるけど、今回も負けちゃったなー」と言いながらキタは眉尻を下げる。


 「いやキタも十分だろ。学年4位じゃないか」


 「でも、やっぱりユウとの差が大きすぎるよ。合計点で150点くらい違うんじゃない?」


 「それはキタより勉強してるだけだよ」


 「ユウ、何か嫌みだねー」おどけて笑うキタ。


 「いや単なる事実だから。別に勉強時間が長いのはそれだけで見たら良いことじゃないよ。同じ勉強量だったときだけ、どっちがいいか悪いかってのに意味があるだろ……というか、ユウはよせって言っただろ?」


 「今更変える方が逆に変じゃないかなぁ。ユウも前みたいに下の名前で呼んでくれていいのに」


 「いやいい。そういった呼び名なんかでからかいたい奴もいるんだよ」


 「からかうとかどうかなんて気にしなければいいのに」


 「別に気にしてないけど、煙をたてたくないんだよ」


 「だったら、また小学校とか中学校のときみたいにサッカーしてさ、皆で遊んだりすればいいと思うよ。そしたらすぐにそんなのなくなっちゃうよ」


 「大学受験は、人生かかってくるだろ。そうも言ってられないよ」


 「でもこうしてクラスが一緒ってのも、何かの縁だと思うしさ。どうせ一緒に過ごすなら楽しく過ごした方がいいんじゃないかな」


 キタはどこか教え諭すように俺に話してくる。学校で、こんな絡み方してくるのはこいつくらいだ。そもそも誰とも話さないけど。


 「すまないけど、俺は遠慮しとくよ。それに、俺ともこんな風に話さない方がいいと思うぜ」


 「何で?」


 「クラスで上手くやるためにさ。俺と話してもいいことなんかないよ」


 「そうかなー。ユウ、意外とクールな感じで一部の女子に人気だったりするし、関係ないんじゃない?」


 「一部だろ。物好きもいたもんだ」ストレートに受け取りたいところではあるが、テツとかいう奴に殴られたのも、キタ周辺が原因かもしれないと思い至って思わず溜息が出た。


 「またそんなこと言って。でもまぁ、ボール追っかけてキラキラしてた時も女子ウケしてたけどねー。だから運動頑張るとかもいいと思う」


 「俺らS特は運動系の部活に入ったらダメって規則だろ」


 「それはわかるけど、文化系でもいいんだし。運動じゃなくても、何かもう少し遊んだりしてもいいんじゃないかなって思うよ。今のユウあんまり楽しそうに見えないし」


 こんな風に、俺のことをわかっているかのように言われてもな。


 「別に今もそれなりに楽しいさ」


 「そう?まぁ家にナツキちゃんいたら、きっと賑やかだもんね」


 「今のあいつは元気だけが取り柄だからな。あいつから元気をとったら何も残らないよ」


 「そんなことないよ、すごくいい子だし!久しぶりに会って元気をお裾分けしてもらいたいな」


 「まぁ部活馬鹿でうるさいだけさ、勉強はからきしダメっぽいしな」


 「教えてあげないの?中学のときに私に合わせてわかりやすく教えてくれたの嬉しかったな」


 「……俺が教えるから勉強しろとか言っても、うるさい父親みたいになるだろ」


 中学の話をされて不快になるも、それよりナツキにいかに勉強してもらうかって問題があったことを思い出し、それに気を取られる。


 ふふと笑ったキタは、しばらく俯いた後に顔を染めながら恥じらうように言った。


 「……ねぇ、今日お家にお邪魔してもいいかな?私、家で一人だし、ご飯つくるからお裾分けしに行きたくて」


 「いやいいよ」俺はそこで振り返り、教室の前に掲げられた時計を見た。


 視界の端に、アキヤマらのグループがおり、アキヤマが何やら怪訝そうにこちらを見ているのが目に入った。


 でも……と少し俯いてまた喋り出しそうなキタを余所に「悪い、じゃあ俺行くわ」と声をかける。


 あ、と口を開いたままのキタを残し俺は足早に教室を出た。



 まったく、俺が一人でいるから心配して気を遣ってあげてるってところか?


 とんだ勘違いだ。俺は高校生活に友人関係なんか求めていない、勉強の邪魔になるからむしろ勘弁して欲しい。中学の教師に勧められたトップ高を断り、さして偏差値の高くないこの高校に入ったのも、家が近い・学費無料・月々数万の奨学金。この3点セットがあったからに過ぎない


 。はじめ、俺は学校に行かずにすぐにでも働く気でいたが、中学のときそれをヒカリさんに話すと、怒られて猛反対してきたので仕方なしにここを選んだまでだ。


 高校でもバイトして家計を支えたかったが、もしユウ君がバイトしたら、私も夜働いて同じ金額稼いでユウ君にそのまま返すから!とヒカリさんに言われてすごすごと引き下がった。


 俺の目標はシンプル。


 ずっと支えてくれているヒカリさん、まだまだガキなナツキのためにも、今住んでるとこから通学圏内の難関国公立大に行ってバイト生活をし、そして、いいとこに就職した後は高給取りになってめちゃくちゃ働くこと。


 今は、とにかく勉強するしかない。特待生の位置をキープし続けるためにもな。それ以外は無駄なこと、俺の未来に一切関係がない。

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