2.大人はわかってくれない

 生徒指導室。


 俺の向かいに教頭と体育教官の二人が腰かけ、俺の隣には担任が座っている。まるで取調室にでもいるような気分だったが、俺は自分の身に起きたこと——昇降口を出てそのままコンサートホールへ連行された後に殴られたことをあるがままに話す。ついでに、あいつらのスマホを警官に没収してもらったこともな。


 「お前の言い分は分かる。でもな、何で警察呼んだんや」と、殴られた側の俺に向かって何故か腹立たしげに頭をボリボリ掻く体育教官は、柔道部顧問で耳が擦れている強面の男だった。


 サラダボウルのマンモス校を取り締まるには、こいつみたいな半分ヤクザみたいな教師が必要らしいね。というか、言い分もクソもないだろ。


 「じゃあ学校の事務に電話すればいいとでも言うんですか?」


 「……そういう訳じゃないんやけどな」


 「じゃあどうすればよかったんですか、誰かに殴られているときに真っ先に連絡するとして、どこに連絡すればいいと先生はお考えなんですか?」


 「……そういう話じゃないんや」と額の血管をピクと動かし苛立ちを込めながら続けてくる


 「俺が言いたいのは、テツがお前にそこまで怒ったのには何か訳があるんやないか。お前にも悪いところがあったんやないかってことなんや」


 出過ぎた発言と思ったのかさらに付け加えるに、


 「いや、もちろんお前が悪いとは思ってない。暴力を振るった奴が悪いってのは十分にわかる。それは間違いない。それでもその原因がなんだったかってのが知りたいんや」


 「知りません。僕も知りたいです」俺も不貞腐れるように返答してやった。女子の噂云々言ってもね、そんなの話すだけで馬鹿らしい。


 でも、「先生の話なら、根本的に暴力を振るった奴が悪いんでしょ、それならそれで終わりじゃないですか。あとは、俺が被害届を出すかどうか。それで話は終わりじゃないですか」


 バーコード禿げの教頭と、野獣のような体育教官はかなり不服そうな顔をして少しの間黙っていたが、先に教頭が口を開いた。


 「ナミキリ君ねぇ、君頭良いからわかるだろうし、ちょっと大人な会話しようか。いくら頭が良いといっても……、模試で毎回一番でいい大学に行くだろうといっても、こういうこと本当に困るんだよね」


 「はぁ」まずはそのバーコードを、スキンヘッドにするかどうか、それが問題だろうと思った。to be or not to beってやつ。


 求められていることは分かるさ。すいません、本当に怖かったんです、だから、仕方なく警察に電話かけたんですってね。でもさ、加害者も被害者も、何で同情を誘うべく弱く立ち振る舞わないといけないんだ。教師の前では、誰もが、いつも反省し同情を乞う。


 俺は教師に好かれていないという自覚はあった。授業なんかガン無視で自習ばかりしているにも関わらず、成績は良いという扱いづらさ。1年のときからそんな感じだからな。それに加え、今まで低偏差値の生徒ばかり相手にしていたこの高校は、新設したばかりのS特の生徒や勉強特待生の生徒をどこか持て余しているんだろう。


 「大人としてちゃんと話すと別にたかが君1人の大学の進学実績より、君がこうして起こす問題のほうが困るんだよね。君への学費無償とかプラスの奨学金のことも考えないといけなくなるよ」


 体中がカッと熱くなる。何で殴られたのはこっちなのに、奨学金打ち切りの話をされないといけないんだ?


 「それ関係なくないですか?」オカしいでしょ、奨学金の契約には他生徒に殴られて警察に通報した際に……と畳みかけるべく口を開こうとしたところで、


 「いやーすみませんね」と左に座る担任のモリミヤの右手が、女性にしては強い力で俺の頭をグッと下げてきた。


 「こいつ、まだガキなんですよ。いやー私もね、この高校歴代きっての期待の秀才ってことで、期待してたんですけどね、まぁまだまだケツの青いガキって感じです」


 ここで少し体育教師と教頭の顔が緩んだ。


 「まぁモリミヤ先生が謝ることでもないですよ」なんて、デレたみっともない顔をしながら「ねぇ」とお互い顔を見合わせるおっさん教員二人。モリミヤのツラが良いってだけでそんなだらしない顔を晒すなよ。


 モリミヤは意にも介さず俺の背中をバンバン叩いて話を続ける。


 「かく言う私も、うちのクラスで、一番手を焼いてるのはこのナミキリなんですよ。勉強はご存じのように頑張ってるんですけどね!いつも放課後残って勉強してますし、私の授業なんか、毎度毎度手を上げて質問とか発表とかしてくれるんです。ただ、こんなときになかなか思ってることをしっかり伝えられないというだけで、根は凄く良い奴なんですよ。今回の件は、担任として私が後で強く指導しときます。一先ず、お二人とも忙しいのに時間割いて頂いて、本当にすいません」


 ここでモリミヤも一緒に頭を下げた。授業で手を上げて質問とか発表ってのは嘘だった。

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