第2話 初顔合わせ

ギスギスしたまま、日曜日になった。

華子かこは嫌々ながらも、食事会には出席してくれるみたいだ。ふてくされたまま、お父さんの車に乗り込む。顔合わせに向かった先は、ホテルのレストランだった。

横に長い机を挟んで、両家が向かい合って座っている。

「はじめまして、春風はるかくん、奏多かなたくん。多香子さんとお付き合いしている、鈴宮すずみや正信まさのぶです。華子かこ未来みく。こちら、上原多香子さん。そしてそのとなりに座っているのが、春風はるかくんと、奏多かなたくんだ。」

「どーもー」

ブスッとした顔は崩さずに、華子かこがつまらなさそうに言った。

「上原多香子といいます。よろしくね、華子かこちゃん。未来みくちゃん」

多香子さんは優しげな微笑みを浮かべて言った。病気で亡くなったお母さんとは正反対の性格だ。お母さんは華子かこと性格が似ていてスパッと物を言う人で、病気なのにいつも笑顔で笑い飛ばしてくれて、明るい人だった。

お父さんはあえて真逆の性格の人を選んだんだろうか。思わずまじまじと多香子さんをみてしまう。

「ほら、春風はるか奏多かなた! ご挨拶して!」

そう言われて、私の前に座っている男の子が、多香子さんそっくりの優しげな笑顔を浮かべ、挨拶した。

上原うえはら春風はるかです。華子かこちゃん、未来みくちゃんと同じ小学校4年生です。よろしくお願いします」

多香子さんも美人だと思ったけど、春風はるかくんも、ほうとため息が出るほどのイケメンだ。ふたりとも優しそうな感じで、少しほっとする。

そのとなりに座っているのが、奏多かなたくん。せっかくのイケメンさんなのに、眉間にシワを寄せて怖い顔をしている。ちょうど華子かこの向かいの席になるから、お互いに仏頂面をしている形になるんだけど、春風はるかくんと違って、奏多かなたくんは一言も話さなかった。

奏多かなた、挨拶ぐらいしなよ」

春風はるかくんが言っても無視。

ずっと華子かこと睨みあってる。

「あ、あの。私、鈴宮すずみや未来みくっています。隣にいるのが双子の姉の華子かこです。よ、よろしくお願いします!」

ペコッと頭を下げる私に、にこにこと笑顔を向けてくれる多香子さんと春風はるかくん。よかった、いい人そうだ。

ほっと安心したのもつかの間、華子かこがとんでもないことを言い出した。

「あたし、ふたりの再婚、反対してます。さっきからろくに挨拶もしないで睨んでくるバカもいるし、なおさらやだ! 大体、再婚って言っても、どうせお父さんのお金目当てで再婚するんでしょ? 人の良さそうな顔して、がめついったらないわ」

それを聞いて声をあげたのが奏多かなたくんだった。

「てめぇ、黙って聞いてれば偉そうに。大体、再婚することになったのも、テメーの親父が母さんを妊娠させたからだろ? 自分の父親の事は棚にあげてよく言うぜ!」

鼻で笑う奏多かなたくん。意地悪な顔をしていて苦手だ。奏多かなたくんの言葉を聞いて、弾かれたように華子かこがお父さんの方を見て叫んだ。

「はあ!? 妊娠って何よ、聞いてない!」

「言ってないもんなあ……」

頭をポリポリかいて言う、お父さん。

「おな、お腹に赤ちゃんがいるってこと?! だから再婚するの?!」

いつも堂々としている華子かこが珍しく動揺している。そんな華子かこの心境を察してか、お父さんがゆっくりとした口調でこう言った。

「そうだ。順番が前後してしまったが、新しい家族として、赤ちゃんも一緒に迎えられたらと思っている。華子かこ未来みく、お姉ちゃんになるんだぞ。まだ弟か妹かは分からないけど、めでたいこととして受け止めてくれないか?」

それにすかさずつっこみをいれたのは、奏多かなたくんだった。

「なにがめでたいんすか。脳内花畑もいいとこっすよ。どんな野郎が出てくるかと思えば、冴えないただのおっさんじゃん! 正直拍子抜けっすわ」

奏多かなたくんの言いように、華子かこが切れた。

「ちょっと、あたしのお父さんの悪口言わないでよね! 確かに冴えないおっさんかもしれないけど、これでも管理職なんだから! お金は結構持ってるわよ。そっちこそ赤ちゃんを盾にお金目当てで迫ってるんじゃないの~?」

「んだと。部下に手を出したスケベジジイに言われたくねーわ!」

お互いに席を立ち、むむむと睨み合う華子かこ奏多かなたくん。

一触即発な雰囲気だ。

華子かこ、いいから座りなさい!

みっともない」

お父さんに言われ、渋々席に着く華子かこ。それに合わせて奏多かなたくんも渋々座る。

「みっともないのはどっちだか!」

奏多かなたくんが悪態をつくと、多香子さんがそれをたしなめた。

「いい加減にしなさい、奏多かなた

正信まさのぶさんに失礼よ!」

奏多かなたくんは舌打ちをし、毒をはいた。

「こんなおっさんの何がいいわけ? 妊娠しなかったら再婚なんて話、そもそもでなかったんじゃねーの? 母さんはそれでいいわけ?」

奏多かなた! 言いすぎだよ」

奏多かなたくんの肩に手をやり、春風はるかくんが割って入った。

「なんだよ、春風はるか。いいこちゃんぶりやがって。お前だって内心、いいとは思ってねーだろ? 素直になれよ、素直に!」

私は聞いてられなくて、目をぎゅっと閉じる。きっと春風はるかくんも私と同じで、まるく治めようとして自分の気持ちに蓋をしてここにきてるんだ。赤ちゃんの事がある以上、再婚は免れないと思うし、だったらうまく治めようとして自分の感情を飲み込んで、さっき笑顔で挨拶してくれたんだ。そう思うと胸がつきんと痛くなる。

「素直になってるよ、少なくともお前よりは。母さん達も困ってるだろ。もっと視野を広げて周りを見ろよ」

顔合わせのための食事会なのに空気が最悪だ。私はこういうとき、なにもできなくて縮こまるだけ。弱い自分が嫌になる。だけど今、多香子さんのお腹には赤ちゃんがいて、再婚も視野にいれて動いているんだ。私も、家族の一員としてちゃんと意見を言わないと! 私は膝に置いた手をぎゅっと握った。

「わ、私は! お姉ちゃんになるの、嫌じゃないよ。さ、最初聞いたときはビックリしたけど、でも、あの、赤ちゃんには罪はないから。だからみんなで、ゆっくり家族になっていけばいいと思うの……!」

ドキドキして顔があげられない。お願い、誰かなんとか言って!

「……いいと思う。俺も賛成」

パッと顔を上げると、春風はるかくんと目があった。ニコッと笑いかけられて、恥ずかしくなってうつむいてしまう。

「そ、そうだよな! 未来みくの言う通りだ! 奏多かなたくんも華子かこも、まだ納得できてないところもあるかもしれないけど、これから少しずつ、ゆっくり家族になっていこう。生まれてくる赤ちゃんのためにも」

お父さんがほっとした顔で言った。

「それ出されると困るんだけど」

不機嫌そうに言う華子かこ

奏多かなた! たとえ赤ちゃんができていなくても、私は正信まさのぶさんとの再婚、決断していたと思うわ。気持ちが追いついてからでいいの。……家族になりたいのよ」

多香子さんの言葉を聞いて、奏多かなたくんはそっぽを向いた。

「……好きにすれば。どうせすぐにうまくいかなくなるだろうけど。」

奏多かなた~!」

多香子さんに抱きつかれ、慌ててもがく奏多かなたくん。

「離れろよ、恥ずかしい!」

「いいじゃない、親子なんだし! 奏多かなたが認めてくれて嬉しい!」

「俺は認めてねぇ! 好きにすればって言っただけだ!」

抱きつく多香子さんと照れる奏多かなたくんを見てほほえましく思って見ていると、春風はるかくんが私にこそっと教えてくれた。

「色々とごめんね。奏多かなた、マザコンなんだ」

それを聞いてふたりでふふふと笑っていると、奏多かなたくんが面白くなさそうにこう言った。

「なにふたりで笑ってるんだよ! 気持ちわりぃ!」

多香子さんからなんとか離れられた奏多かなたくんが、私たちを見て言った。

奏多かなたが子供で大変だなって、未来みくちゃんと話してたとこ!」

「はあ!?」

目を見開く奏多かなたくんに、華子かこがこう返した。

「確かにあんた、子供よね!」

「てめえには言われたくないわ、このファザコン。」

「マザコンには言われたくない。」

「なんだと?」

「なによ!」

再び睨み合う華子かこ奏多かなたくん。でもさっきみたいなピリピリした感じはなくて、少しほっとする。

こうして始めての顔合わせが終わり、私たちはそれぞれ連絡先を交換して、家へと帰った。

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