第1話 よいこちゃんとわるいこちゃん

「再婚~!? お父さん、今、再婚って言った!?」

夏休みの始め、朝8時。私と華子かことお父さんの、家族3人で朝御飯を食べていたときの事。

お父さんが急に、「大事な話があるんだ」なんて言うから、夏休みにどこか遊びにつれていってくれるのかなって期待して続きを待っていたら。

「父さん、再婚しようと思っているんだ」

私の予想は大きく外れて、思わず食べていたコーンフレークを吹きそうになった。

それとは反対に、華子かこはイスから立ちあがって、お父さんに向かって叫んでいた。

「再婚~!? お父さん、今、再婚って言った!?」

「言ったよ。相手は同じ職場の上原さんっていって、双子の男の子を女手ひとつで育てている、シングルマザーだ。同じ年頃の双子を育てている者どうし、ウマがあってね。半年前から付き合ってたんだけど、華子かこ未来みくには言いそびれてしまった。事後報告になって悪いが、今度の日曜日、顔合わせに食事に行く事になったから、ふたりとも予定をあけといてくれるか?」

「それはいいとして。同じ年頃の双子ってなに? 正確にはいくつなの? その連れ子!」

ドンッと机を叩いて前のめりになって聞く華子かことは正反対に、私はアワアワとしながらふたりのやり取りを見守るしかできなかった。

「お前達と同じ、10歳。小学校4年生だ」

「同い年~!? やだやだ! 同じ年の男子なんて、うるさいばっかの猿じゃん! あたし、反対だからねっ、再婚!」

華子かこはそれだけ言うと、イスに座ってコーンフレークをむしゃむしゃ食べ始めた。

「その、未来みくはどうなんだ?

再婚には反対か?」

叱られた犬みたいにシュンとして聞くお父さんをみて、私は華子かこみたいにノーとは言えなくなってしまった。

「わ、私はいいよ。その……再婚しても」

前髪をさわりながらそう言うと、お父さんの表情がパアッと明るくなる。

「そうか、そうか! 未来みくならそう言ってくれると思ってた!」

イスから立ち上がり私の頭をワシャワシャ撫でてくるお父さんに、華子かこが食べる手を止めて言った。

「言っとくけど、あたしは反対だからね!

お母さんが病気で死んでから、まだ3年じゃん。悪いとは思わないわけ?」

律子りつこには悪いと思ってる!

でもな、お前達もそろそろ大人の階段を上っていく年だろう? 母親がいた方が、なにかと相談しやすいこともあると思うんだ」

「相談しやすい事って?」

ふんっと鼻をならしながら聞く華子かこに、お父さんはしどろもどろになって、小さな声でこう言った。

「それは……ほら、生理とか……」

「はあ!? さいってー! 朝からデリカシー無さすぎなんですけど!」

「ほら、こうやってすぐ華子かこは怒るだろう? だからお母さんがいた方がいいんじゃないかって話になってな……」

「いらねーし! なんなら生理ぐらい自分でどーにかするし! お父さんはあたしを見くびりすぎ!」

キッとお父さんを睨む華子かこに、しょんぼり肩を落として、お父さんは下を向いてしまった。

「でもなあ。未来みくはお母さんがいた方がいいと思うだろう?」

上目使いでチラリと私をみる、お父さん。

これ、ノーって言えないやつだ。お父さんのすがるような視線に耐えかねて、私は下を向いて、ボソボソと話し始めた。

「……私は、お母さんがいた方がいいかなって、思ってるよ……?」

「だよなあ! さすが、未来みく、分かってるじゃないか!」

お父さんの表情が、再びパアッと明るくなる。

そんな顔されたら、本当は乗り気じゃないってこと、言いづらいな。

私達のお母さんは一人だけだし、そんな急に新しいお母さんだよって言われても、割りきれないし戸惑ってしまうだけな気がする。

「そうか、そうか。未来みくは賛成か! よかった! 華子かこ、たとえ反対でも、日曜日の食事会には出席すること。まずは会ってみてから決めても遅くはないだろう?」

華子かこはザリザリとコーンフレークをスプーンでかき混ぜながら、ふて腐れて言った。

「嫌なんですけど。」

「わがまま言わない! 少しは未来みくを見習ったらどうだ」

未来みくのはただの、顔色うかがいなだけでしょ! 本音では嫌だって思ってるよ! ね、未来みく!」

「そうなのか、未来みく?」

ふたりの視線が私に集中する。

い、言いにくい。ここで本音は言いにくい。

私はうつむき、ザリザリとコーンフレークをスプーンでかき混ぜながら、のどのおくから絞り出すように声を出した。

「わ、私は、お父さんと華子かこが良いなら、それでいいよ」

未来みく!!」

お父さんが再び私の頭をワシャワシャ撫でた。

「出たよ、他人任せ! 未来みくはもうちょっと自己主張した方がいいと思うな、あたしは!」

言って、バリボリコーンフレークを食べる華子かこ

私だって、華子かこみたいに自己主張出来たら楽しいだろうなって思ってるよ。でも、ついつい周りの顔色をうかがってしまって、当たり障りのない返事しかできなくなってしまう癖がある。生まれつきの性格なのかもしれないけど、自分の意見を通すのは昔から苦手だった。

「わ、私だってちゃんと考えて返事してるよ」

「どーだか! お父さんの圧に負けたように見えたけど?」

横目でじろりとみる華子かこに、私はなにも言えなくなってしまった。

「そうなのか? 未来みく。本当は嫌なのか? 嫌なら嫌って言っていいんだぞ?」

お父さんがハラハラした感じで私をみる。

こうなると私は弱い。ついつい当たり障りのないことを言ってしまうのだ、波風をたてたくなくて。

「い、嫌じゃないよ。新しい家族が増えて、楽しくなるかもだし……」

「楽しくならないかもしれないじゃん!」

横から鋭いつっこみをいれる華子かこ

華子かこ。まずは未来みくの話を聞こう」

「どうせ本音なんて言わないって! 未来みくは絵に描いたいいこちゃんだもんね!」

華子かこの嫌みに胸がチクリとした。

「で、でも会ってもみないうちから決めつけるのも、よ、よくないと思う……!」

「ハイハイ。いいこちゃんな回答ありがとう。悪いこちゃんなあたしは、退散しますよ~だ!」

そう言って華子かこはお皿をもってリビングから出ていった。

いいこちゃんな回答か……。結構ぐさりとくるな。私は前髪をさわりながら、華子かこの言葉を反芻した。

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