第16話 夜のくらげ
お題「夜型」「スローモーション」
音が聞こえると眠れないなんて、細い神経をしているわけではない。しかし深い眠りを漂っていた意識は、アスファルトにぶつかる最初の一滴に揺さぶられ、次いで二滴、次第に音が重なってざあざあ言い出す頃には、窓の向こうで何が起こっているのかをしっかり認識できる程度にはっきりとしてしまった。
カーテンの隙間から見上げた空は、切れ間のない雲に覆われているらしい。出勤の時間帯ではなくてよかったと思わせるようなその雨の中、何か仕方がない理由で走らなければならないと見える自動車が、嫌々走っていく。無数の水滴を浮かび上がらせるヘッドライトの明かりを見たとき、私は柔らかな感触を思い出した。
足音を潜め、手探りに取った傘を持って、降り止まない外に出る。住宅街の細い道を車が走り抜けた。そのヘッドライトの明かりを残す雫に指を伸ばす。崩れたゼリーのような感触がした。
夜の雨は昼よりもゆっくりと落ちる。光に照らされると、さながらスポットライトを浴びた体が立ちすくむように、更にその動きを遅くすることに気付いたのは幼い頃だった。
暗い家で一人、両親の帰りを待っていたあるとき、母が帰ってくる時間がいつもより長針一回り分も遅い日があった。たまらず玄関先に座り込み、帰ってくる自動車を待つことにした。頭をなでるように降るポーチライトの下、ぽろりと顎を伝った涙は重力のまま落ちることなく、ゆらゆらと中空に留まったのを、私は見た。水族館のクラゲのようだった。水の中をまるで無規則に漂う彼らの姿を、幼い目はひどく幻想的に映したものだ。更に一粒涙を落とすと、クラゲは増えた。指先でつつくと、ぬるくて柔らかかった。鼻をすすって二匹のクラゲに夢中になっていると、見慣れた色の車が家の前で止まった。涙の跡を見た母は何度も謝りながら私を家の中に連れ戻したが、私は自分の発見に胸を高鳴らせ、一人の寂しさなど忘れてしまっていた。
夜の雫はクラゲになる。一人で暮らすようになった今も、彼らは雨の日になると現れる。
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