第15話 花が聞いている

 お題「アロハシャツ」「悲壮感」

※8/12配布のお題でしたが、指定の投稿期間中に書けなかったため、ツイッター未投稿です。


 煙草の匂いで目を覚ました。ベッドに腰かけて煙をくゆらす背中に、灰皿を持ってバルコニーで吸うよう注意すると、舌打ちが返ってきた。せめて我が家であれば、カーペットやシーツについた焦げ目も我慢できるけれど、それらがホテルの備品となれば話は違う。あとで面倒なことになったらどうするつもりだろう。舌打ちで済む話ではないのだ。

「はいはい、そういう金の心配はするのな、お前って」

 テーブルの上の灰皿に煙草を押し付けた彼は、私のせいで煙草がまずくなったというように顔を顰める。

「そんなに金が心配なら、温泉にすればよかっただろ。俺言ったじゃん」

「新婚旅行はハワイにしようって、ずっと前から約束していたじゃない」

 そのために貯金して、予定通りに使ったに過ぎない。楽しく浮かれて、ちょっと贅沢なホテルに泊まって、一生に一度の思い出にしようとした。それだけのことだ。

「だいたい、温泉ってあなたの実家があるところでしょ?」

 温泉で体を温めているとき、用意された料理に舌鼓を打ちながら、二人分の布団をぴったりとくっつけて眠りに落ちるその瞬間まで、常に義実家のことがちらつく場所なんて、ごめんだ。

「なにそれ、俺の親に不満があるわけ?」

 彼は二本目の煙草を吸おうとして止めた。灰皿の上に目をやって、それが二本目どころではないことに気付く。

「ねえ、煙草は止めるって言ってたわよね」

「お前がそういう風にあれこれ言うから吸っちまうんだろ」

 煙草はただの嗜好品ではなくコミュニケーションツールでもある、とは彼の弁である。

「煙草吸うの止めてから、最近顔合わせ無くなって寂しいって、山上さんにも言われちゃってさあ」

「子供のことを考えて禁煙するって、あなたから言ったんじゃない」

「は? 子供生めるのだって俺が仕事してるからだろ? 仕事に支障が出てまで禁煙してやってるの、分からないわけ?」

 仕事ならば私だってしている。この旅行だって、仕事に穴をあけるのを承知で、けれど一生に一度の旅行だからと皆が快く送り出してくれたから可能になっているのだ。私は、そうして貰えるように仕事をしてきたつもりだ。

「……仕事に支障が出るのは、あなたの仕事の仕方が悪いんじゃないの?」

 言うべきではない。分かっていたはずなのに、言わずにはいられなかった。眉を逆立てて目を吊り上げた彼の口から飛び出す罵声の数々が、部屋の中に吹き荒れて、ようやく私は後悔のようなものを感じた。

 そのくせ、私から謝るつもりなど毛ほどもないのだ。謝って、彼の機嫌を取って、言葉を飲み込んで旅行を続ける。頭の中の鈍麻な部分が提案するやり方を、熱を帯びた心臓は決して承認しなかった。

「あーあ、浮いた金でバイク新しくできたのになあ」

 ハワイなんて来なければ、ハワイなんて来なければ。彼の都合のいいお話を、初日に浮かれて購入した、花柄のアロハシャツだけが聞いていた。

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