第14話 あなたへ

 お題「わら半紙」「眺め」


 目前に広がる灰色に、その人は目を細めて喜んだ。

 曇天から降る雪に覆われた山は、墨を引いたように黒々と連なり、夏の青さを潜めた針葉樹から呼吸のような靄が立ちのぼる。色のないその景色はどこまでも冷たいのに、懐かしい。

 褪せた色は春になってもなかなか戻らない。雪解けが川に注ぎ、湖に辿り着くと、湖は、真冬の時期よりも白く濁って灰色を宿す。空の色こそ端から青みが増してくるが、木々の墨色が芽吹きによって塗り替えられるまでは時間がかかる。

 湖のほとりにある民宿とも食堂ともつかないプレハブも、最も景色が彩られる夏から秋の季節以外は、眠っているように人の気配がない。かろうじて降りていないシャッターのお陰で、数少ないオフシーズンの客をやる気なく待っていることだけは分かる。

 愛する者の少ない灰色の景色を、その人はもっと見たいとせがんだ。

「こんな景色でいいの?」

 束にして持って来たわら半紙に鉛筆を走らせた。鉛色の濃淡が、瞼の裏に思い出される風景を一枚、また一枚と描き上げていく。

「だって、私はもう見ることができないだろうから」

 白いシーツに横たわるその人に、私は描いた絵を枕元に貼ってやることしかできなかった。

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