第12話 グレイビーボートの魔法

 お題「夏みかん」「よくばり」


 ランプの魔人は本当にランプからでてきたのか。膨らんだ胴体に細く絞られたくちばしがついているものは、世の中に案外溢れているではないか。

「急須とか?」

 いやいや、これかもしれない。銀色の、使う場面が極めて限られているそれを食器棚の奥から持ってくると、縁側で足を投げ出していた友人は、涙が零れるほど笑い出した。

 典型的な黒い瓦屋根、曲がった松が庭で日陰を作る日本家屋にこれがあるといのが、よほど滑稽だったらしい。笑いの波が引くと、目を擦ってそれが間違いなく存在していることを、もう一度確認していた。

「魔人よ、グレイビーボートの魔人よ」

 私は丸い胴を擦って唱えると、友人は再び笑い出した。

「私が先輩と付き合っても、ずっとアーコと仲良くできますように」

 アーコの笑い声が萎んで消える。

「何それ」

 笑えない。ゆるく左右に揺れた首の動きに合わせて、まっすぐな髪が乾いた音を立てる。

「一昨日、先輩に告白されたの」

 障子を開け放った縁側に柔らかい風が吹き込んだ。先月、高校に進学した時よりも熱を増し、緑の匂いが強くなったそれが、遅咲きの桜の花びらを庭先に届けて過ぎる。

「……先輩がいるから、私もあの高校を選んだって、知ってたよね?」

 重くなった頭を緩慢に動かして、頷く。

「入学してすぐ、先輩に告白したのも知ってるよね?」

 アーコに告白され、自分自身の気持ちに向き合うことができたという先輩は、アーコに感謝しながら私に告白をした。耳まで赤く染めながら思いを告げる彼に、私はずるい、と唇を噛む。私の友人まで引き合いにして、私を縛り付けようとするやり方だ。それに反感を覚えているはずなのに、高鳴る胸の音が、耳の奥から聞こえてきたのだった。

「……欲張り」

 ごめん。たったそれだけを言い切る前に、「やめて」と泣きそうな声が遮る。皮膚に汗が浮くのは、夏に向かう日差しのせいだけではない。

「みかん」

 居間の向こう、暖簾で仕切られた台所を指で示し、アーコは縁側に寝転んで目元を腕で覆った。

「みかん頂戴。でないと泣くから」

 うんと大声で泣くから、先輩まで聞こえるくらい。

 私はゆっくりと日陰の台所に向かい、皮をむいて冷凍していた夏みかんを二つ、取り出した。

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