第7話 いつかはストライプ

 お題「白馬の王子」「商売道具」


 見送りの従者に尋ねると、彼は苦み走った顔で「今朝妻が選んでくれた赤い小花柄でございます」と聞き取りにくい早口で呟くように答えた。尋ねるのも今日までと知っている彼は、今までにない愛想の悪さを滲ませている。

 母上のおすすめは、今日もまた無地のベージュ色だ。お気に入りの黒を穿いていると知るや否や、そんな格好で出掛けさせるわけにはいかないと、すぐに侍従長を呼びつけ、何枚ものベージュ色を持って来させた。

 いつも「いいですか、王子」から始まるありがたい体験談は、母上が王である父上と出会った日の物語だ。その日は王城の庭を舞踏会の場としていたのだが、突然のにわか雨に貴族の令嬢も子息も等しく服を濡らしてしまったという。流行の、薄い白を幾重にも重ねたドレス、体のラインに沿った丈の短いダブレットにやはり白のストッキング、何もかもがしっとりと水を含み、皮膚と下着を透かしたために会場の人々は大いに慌てた。

 上等な衣服に隠されている下着は、体の動きやすさや使用感を優先したもので、如何にも気が抜けている。そんな中、ベージュのものを着用していた母上だけが、無様に下着の線を曝す失態を免れ、会場の人々から感心と嫉妬の視線を独りせしめたのだそうだ。

「将来の妻たる者に、白いストッキングから透けた黒い下着を見せるつもりなのですか」

 その情けなさを想像すると、何も反論できなくなってしまう。すごすごと黒いパンツを脱ぎ、母上の勧めたベージュ色に穿き替え、これも王子たる宿命、農家が鍬や鋤を必要とするように、自分にも必要なのだと言い聞かせながら荷物も詰め直す。

「さ、そろそろ時間です。どうかあなたの旅も良い出会いに恵まれますように」

 祈りと愛情の言葉に感謝の一礼を返し、一頭の白馬を引いてきた従者と共に門へ向かう。

 今日から兄たちと同じように、運命の人を探す旅が始まるのだ。

「王子、わたくしが思うに」

 愛馬に跨った僕を、赤い小花柄を穿く従者が見上げる。

「王子に相応しい人は、ガラスの靴が合う者でも、小人と親しむ者でもなく、何を穿いても気にしない、おおらかすぎるほどの女性でしょう」

 馬の腹を蹴って、王城を飛び出した。果たしてそんな人に巡り合えるのか、それは物語のみが知る。しかしもし出会えるならば、一枚だけ潜ませてきた縞の下着を着用することを、どうか許してほしい。

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