第6話 柔らかい弾丸

 お題「スナイパー」「湯葉」


 七時五十八分の星占いを見たに違いないね。目の前で頭を下げる人のつむじを見ながら、確信めいたものを感じた。

 二時間前、ろくに注意を向けていなかったテレビが一方的に告げた『今日のラッキーアイテム』の一つ、なかなか面倒くさい品物を指定するものだと感じたのを覚えている。確かに、ブルーホールの水一リットルだの、ケイマーダ・グランデの蛇四匹だのというものに比べれば、遥かに楽に入手できる。けれどもし、それと死体とどちらかを選べるのならば、恐らくは死体を用意しろと言われた方が私にとっては容易であった。

 つむじを見せつけている彼女が差し出した紙袋には、死体より手に入れるのが困難な『今日のラッキーアイテム』が入っていた。最寄駅から三駅離れた、百貨店のロゴが赤々としているそれを、どうやら私に受け取らせたいらしい。

「今日のお昼に食べようか」

 提案すると、ぱっと赤らんだ顔が上がる。調理法を調べて来ているというので、渡すだけではなく、しっかり食べさせるつもりであったようだ。吸い物でも和え物でも、任せてほしいと胸を張る。

 最後にそれを口にしたのはいつだろう。大好物というわけではない。それは彼女も知っていることだ。もし、彼女がわざわざ百貨店の催事場に寄って買ってくることがなくても、私が怒ったりすることは決してないのだけれど。

「何かお願いでもあるの?」

 豆腐と湯葉の吸い物と、湯葉とキャベツの和え物が食卓に並んでいく。冷凍していた白飯を解凍しながら尋ねると、彼女の肩が露骨に震えた。

「こんなものまで持ってきてまで、聞いてほしいことがあるんでしょう?」

 豆乳から生まれた膜を模した食材は、私ではなく彼女の星座のラッキーアイテムだ。鰯の頭ならぬ、湯葉にまで信心をかけて叶えたい願いというものを聞いてみたい。

「お願いします。彼を殺さないでください」

 湯気の向こうに真剣な表情が光る。

「駄目だよ」

 決めていた答えを告げ、箸を並べ席に着くよう促した。

「次回で彼が死ぬことは、描き始めたときから決めていたことだよ。その後の展開もね」

 まだ温かい吸い物に箸をつけ、豆腐と湯葉の異なる感触を交互に楽しむ。向かいの席で、彼女はやって来た時と同じようにつむじを向け、目を閉じていた。

「ありがとう、おいしいよ」

 つむじはまだ見えている。聞きたいのはそんな言葉ではないと、無言の抵抗。

「先生は人殺しです」

 ペン先から引いた固い直線と、柔軟な曲線の組み合わせは、容赦なく意のままに登場人物たちを貫く。

「それなら、君は殺人鬼の助手になっちゃうよ」

 食べ終わったら原稿の続きだ。締め切りは迫っている。

「では助手にだって、人が殺せると思いませんか?」

 向かいの席から吸い物に入っていた湯葉が投げつけられ、私の心臓の位置に染みを作った。彼女は極めて腕のいい助手である。

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