第4話 イ草と小豆
お題「仲間」「お手玉」
畳の匂いには一家言ある、と自負している。旅行で訪れた武家屋敷、かつて文豪が暮らしたという邸宅、お線香の染みついたお寺。あらゆる場所で、隙を見つけてはそっと蹲り、畳の匂いを嗅いだ。日焼けで色が変わり、縁がすっかり擦り切れたものも、交換したばかりの青々としたものも、等しく非日常へ誘う香りをしていた。
雨戸を開ける。長らく日差しを避けていた部屋に冴えた光を投げ込む。埃を被り、長らく人の手を離れていた室内の、鬱屈していた輪郭が明らかになった。家具のために特に濃い日陰の中にあった畳は哀れっぽく黒ずんで、久しぶりにはっきりとした影を落とすことができた家具たちも、白っぽく覇気がない。赤い鹿の子模様のまん丸だけが、鮮やかに目に飛び込んできた。まん丸は三つ、竹の籠に盛られて低い箪笥の上に置物のように座っていた。
けれど、それは本来置物ではない。遊ぶための道具だ。手に取ると、内部で小さな粒が押し合いへし合いしながら流動し、形を変える。縫い口がほつれ、紫がかった赤茶色の内部へ細い光が射す。長いこと閉じ込められていたつやつやの表面に、目覚めを告げているようだ。
緩んで乱れた糸の部分を指先で摘まんだり、布を伸ばして形が整えようと試みていたら、色が変わっていた糸の部分からあっさり千切れて、中身は畳の上に散らばった。その、自由なこと。跳ねるものもあれば、どこまでも転がっていこうとして敷居に遮られるものもある。零れることなく布の中に留まっているものも、指の隙間からそわそわと仲間たちの旅だった先を窺っているように、落ち着きがない。
掃除する手間が増えた、とは思わなかった。小豆の多くが目指した先が、扉を閉じた仏壇だったから。畳の上に転がった彼らは、まるで長く閉ざされていたご本尊に手を合わせられる瞬間を、跪いて待っているように見えたのだ。その扉の向こう、須弥壇のあたりから、仄かに再会を期待する気配が漂っているのは、気のせいではないだろう。
古い遺影を振り返る。最後にお手玉を縫ったのは、白髪を撫でつけ、皺を露わにした祖母だったのだろうか。老いて骨の浮いた手で、乾いた豆を布の隙間にじゃらじゃら流し込んだのだろうか。座布団の上に足を曲げて座り、日向で温まりながら、真新しい畳の匂いを嗅いで。
その一挙手一投足を、仏壇から見守るものがあったに違いない。
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