第3話 待ちぼうけ

 お題「アマガエル」「ミュージアム」


 まるで指の一本でも動かしたら、それだけ時間の速さが変わってしまうとでもいうように、その体は動かなかった。半分閉じて見える瞼の奥で黒い目玉が濡れている。引き結んだ口元は、緊張しているようにも、まじめくさった性分を表しているようにも見えた。

 だが、じっとたたずんでいる場所が問題である。長い手足を折りたたんで踏ん張っているのは、裸の女性の、ややセンシティブな部位だった。幸いなことに、大理石製と思われる彼女は自分の身に降りかかっている事実に無関心である。

 今は彼らがうらやましく思えた。私ときたら、さっきから何度も時計を見返して短い息をついては濡れた爪先を気にしてみたり、雨粒のついた傘を回して水たまりに水滴が作る波紋を観察し、飽きたら屋根のある場所に移動して、でもやっぱりつまらなくなって、玄関前に置かれた裸婦像を鑑賞する客らしい振る舞いをしてみたり。

 朝はまだ空の色は淡く、雨なんてすぐに止みますよという雰囲気だったのに、到着する直前になっていっきに黒い雲がわき、真っ暗な灰色から視界を遮るほどの雨が降り出した。私がお気に入りのヒールを履いてきたことを後悔したのと、到着が遅れるという連絡でスマートフォンが震えたのとは、同時だった。胸の高鳴りと微かに快い緊張が、溜め息とともに体から抜けてしまった。

 まるで指の一本でも動かしたら、それだけ待ち人が遅くなるとでもいうように、じっとしていた体が動いた。女性のややセンシティブな部位が露わになるが、カエルは濡れた真っ黒な目を丸くしただけで、まるで無関心だった。濃い雨の向こうで信号が青に変わる。横断歩道を渡る人影はなく、水しぶきをあげる車が二台だけ、やかましく通りすぎた。

 その時、緑の四肢を動かして、カエルは大理石の足場から大きく跳ねた。そのままアスファルトの駐車場を横切り、つつじの植え込みに消えていく。どうやら、彼の待ち人の方が先に現れたらしい。

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