第2話 アンドロメダ

 お題「宇宙空間」「玉ねぎ」


 まったく不可解、納得できない、センスというものが欠如している。

 窓に顔を映しているせいで、まるで自分自身を罵倒しているような姿だったが、当の本人はそんなこと、知ったこっちゃないという様子で、続きの言葉を探し、息を荒げていた。

 まあ、いいじゃないですか。コーヒーでも飲んで落ち着いてくださいよ。気圧の調整されたパックの中の液体は、地球でも月でも、嬉しいことに同じ味ですよ。

 自販機から抽出されたそれにストローを挿して差し出すと、存外素直に受け取ってくれたので、どうやら宥める言葉くらいは聞いてくれそうである。窓に面したベンチに並んで座れば、地球の青さが目に沁みた。

 ねえ先輩、あの銀河の美しい渦巻を見れば、あやかりたいと思うものですよ。中心部の柔らかな黄金色から、外側に向けて薄暮の儚い紫色に変わっていく。まるで太陽の刻刻と変化する輝きの全てを表しているかのような在り様を見れば、誰でもたちまち虜になってしまうでしょう。我々のみならず、玉ねぎ農家だって。

 美しさを讃えれば、不機嫌な顔はたちまち緩む。実に分かりやすいその人は、しかし、頭の中の罵倒をどこかにやってしまったことに私が気付いていると覚っていた。いくらかバツが悪そうに意味のない咳をして見せた。

「ふん、シンプルにあるべきだよ。名前というのは」

「先輩の『月穂二号』みたいに?」

「あれ以上の名前があるか?」

 新品種『月穂』の変異型重力受容体を、更に低重力向けに改良したのだから『二号』。それだけ付せばよろしい。どういう品種かは十分伝わるのだから。

「ともかく許せんね、玉ねぎに『アンドロメダ』なんて」

 薄皮のぐるぐる重なったやつ、たまたま輪切りにしたら渦を巻くだけの野菜に、遥かな銀河の名などもってのほかだ。先輩は白衣をひるがえし、靴の裏を鳴らした。目指すは低重力水田室。我らが研究の結晶、糯米『月穂二号』の瑞々しい穂が重く垂れ、餅になる日を夢見ている部屋だ。

 けれど私は思う。糯米が宇宙で育てられるようになったなら、その次に玉ねぎが育てられるようになることだってあるかもしれない。そうして、月の兎の特産品が一つ増える。

 先輩、待ってくださいよう。私は跳ねるように揺れる白衣を追いかけた。

 ところで先輩、玉ねぎ嫌いだったりしません?

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