第34話 日記の話
八月一日
日記をつけることにした。
新居に来たのだから、生活スタイルも新しくしたい。
新居。この時期にこんなに早く部屋を移ることができたのはツイてたと思う。元の部屋は浸水でもう住めないから。
少し狭くなったけど、一人暮らしならまあこんなもんだろう。中々安いのも良かった。前の部屋の半額だ。安すぎて、心理的瑕疵がないか聞いてみたが、特にないらしい。良かった。
八月四日
昨日と一昨日は疲れてた。
とはいえ一日坊主はやべー。そろそろ書いていく。
線路が近いから一時までガタンゴトンいってるけど、直ぐに慣れてびっくりしてる。
八月五日
扉の前に誰か来たように思ってインターホンのカメラつけたけど誰もいなかった。寝る。
八月六日
こんなに安い部屋なのに他の部屋がほとんど埋まっていないことを今日知った。窓がほとんど暗い。電気がついてたのは十件もない。笑える。
八月七日
宗教勧誘が来たので居留守をした。
八月八日
ラウワン行ってきた。ミホが意外と動けてるの笑えた。
八月十日
気が付いたらドアの方をじっと見てる。何やってんだろ。でも実際ここ最近ドアの前に誰かいる気は結構ある。
気の所為なんだろうが。
八月十二日
ダルい。アルバイト先の同僚が宗教やってた。まあ別にそれだけなら問題ないんだけど、何を信じてようがそいつの勝手だし。問題なのは俺を修行に誘ってくること。ただでさえ金欠気味なんだから、一回一万とか飛ぶイベントに誘わないでほしい。今度からシフトずらせないか店長に聞いてみる。
八月十三日
だから何なんだよ。誰もいねえよ。
八月十四日
たまには明るい話題を書きたい。駅前にそば屋が新しくできて、行ってきたが中々美味かったと思う。そばの違いはよくわからないんだが、天ぷらが美味かった。エビと、野菜と、ちくわと、あとなんだろ。よくわからないけど初めて食べる味で、中々美味しいのがひとつあり、気になる。また食べにいこう。満足
八月十五日
ごちそうさまでした。美味しかったです。また食べに来ます。かしこ
八月十六日
酔っていたのか昨日の記憶がない。ただ何かは食べたらしい。やけに腹が痛むが、変なものを食べてなければいい。
最悪や。
八月十七日
はいと言ってインターホンのカメラを付けたが誰もいなかった。よく考えたらそもそも何か呼び出しが聞こえたわけでもなかった。じゃあなんで今確認したんだ?
八月十八日
珍しく夜中に起きた。起こされた。多分電車の音のせいだ。ゴォーっと走ってく音に起こされたのだろう。
となれば直前のは夢か。玄関の方に何かいたような気がした。
何か? 誰かではなく?
八月二十日
夢にしては異様なものだったので書いておく。
昼寝をしていると、何か訪ねてきた。ドアの向こうに立って、こちらをじっと見詰めていた。それから窓の方に回ってきて、そいつと何か話した気がするが、内容は覚えていない。いや、違う。わからなかったんだ。あれが何を言っているのか全く理解できなかった。
ただなんとなく、この窓を開けてはいけないと強く思えた。それが良かったのだと思う。あれはしばらくそこにいてから、去っていった。
ぼおっと窓を見ていた。俺。正気を取り戻した時にはもう夕暮れになっていた。
夕飯を買いに行く必要がある。
八月二十一日
なんとなく不動産屋に電話したが事故物件でもなんでもないという。過去に何か不思議な出来事が起きたという話もないそうだ。
じゃあなんで今日、インターホンがずっと鳴っているのか。
ずっとではないか。一時間おきに鳴っている。壊れたのか、それともか。いずれにせよ気分が悪い。
スピーカー部分はテープで覆っているから、ここ数時間の音はそこまでうるさくない。
とにかく、明日は不動産屋に連絡して、これを直してもらう。
八月二十二日
渺果 孵祇
八月二十三日
なんなんだこれは。
八月二十四日
家鳴りであってほしい。もしくは上の誰かが友だちを呼んで騒いだのだと思いたい。
ひどくギシギシといっている。
八月二十五日
ミホから引っ越しを勧められたが普通に無理だ。
だが、正直俺もその思いがある。
この部屋には自殺や事故といった瑕疵がない。ないのに何か起きている。いや、起こそうとしている。恐らくは、あれ。以前夢に出てきたあれが関係しているんだと思う。
ドアの前に何かいる。そんな気持ちが、ずっと残っている。玄関に塩を置いたが駄目だった。日中も気配を感じる時間が多い。
何かあるのだ。この部屋には。
だから引き払うのは一つの手だが、しかし、そうした後の生活についてプランも勝算も全くない。ここで気軽に住む場所を変えるわけにも行かない。とりあえずもうしばらく様子を見ることにする。
もう一つ。これを書くか悩んだが、どうせ俺しか読まないから、書いておく。この部屋に来ておかしいことがもう一つ起きている。自慰ができないことだ。いや、できないわけではない。しようと思えば、できる。だが、問題がある。絶頂する時に視界が白くなり、満面の笑みの知らない女が見える。これが気味が悪くて、最近していない。
最初は単に白くなるだけだったが、だんだんとその視界に点が生まれて、それが大きくなり、大きくなることが近づいて来ているということだと気付いてからしばらくして、女が見えるようになった。
女は前述の通り満面の笑み。しかし俺はこの女を知らないし、それに、この女には目が四つある。右に三つ縦に並んでいる。それが笑う。
不気味だ。
だから、最近はしていない。
八月二十八日
ミホが
いや、書きたくない。書けるようになったら、書く。
八月二十九日
娘がはしゃいでいた。元気なのは良いことだが、アパートだから、あんまりはしゃぐと近所迷惑になるぞというと、娘は俺を見て「手に負えないか」
八月三十日
といっていたので、私はそんなことないよと笑いかけてやり、んんんんんんん、
「八月三十一日
部屋を出たはずなのにまた部屋の前にいる。何故? 電車に乗り、バスに乗り、タクシーも使ってとにかく遠くに行こうとしたのに、瞼に重さを感じた直後には家の前にいる。もう終わりなのかもしれない。どうしようもないのかもしれない。
さっきから後ろにいる。俺が入ったら直ぐに続いて中に入ろうとしているのだろう。閉じて拒絶する暇も与えないつもりだ。ピッタリ後ろについている。全く、なんでこんな部屋に用事があるのか不思議だわ。
あーあ、最悪。とにかく全力で閉める。入り込む前に閉め出す。これしかない。……行く」
─────────────────────
この人を探しています。
八月三十一日、本屋の前で目撃されてから、消息不明。何かご存知の方は☓☓☓☓-☓☓-☓☓☓☓まで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます