第33話 道の話
マクドナルドのある曲がり角を左に行く。しばらく進むと猫の置物が見えてくる。その脇の階段を登る。登り終えたら桜の木があるから、足元の祠に一礼して、トンネルの見える方へ。
トンネルの中では名前を呼ばれても反応しないこと。
トンネルを抜けた先の川を渡る時には、赤色の橋を選ぶこと。
青色の橋なら引き返して、その日はもうここに来ないこと。白色なら諦めること。
橋を渡る時に川を何が流れても気にしないこと。
ただし、人間が流れてきた時だけはどれだけ見つめても構わない。
川を渡った先には空き地がある。犬ばかり棲んでいる空き地がある。その犬の中に、ひときわ黒いものがいる。黒い犬は沢山いるが、それは犬ではないので一目でわかるはず。
その黒いものが唸ったとして、その唸り声で機嫌が分かるから聞き逃してはいけない。「んー」だったらまずまずで、先へ進んで構わないという合図。
空き地の三方向をそれぞれの家の屏が覆っている。黒いものの機嫌に関わらず、その三方の壁のどれかに扉が出来ている。けれど右の家だけは止めておくべきだ。そこにはヌルリが棲む。黒いものが右の扉をじっと見ている日はヌルリが起きているから余計に駄目だ。
真ん中の扉を進んだ場合の話をする。左の扉には今後触れない。扉の向こうは敷地になる。蔵が四つ並んでいるのが見えるはずだ。どれかに入ろうなんて考えてはいけない。考えた瞬間に、蔵はこちらを招こうとしてくるから。考えてしまったと自覚したら、口の中で、けれども外には漏れぬよう、「光の神様」と三回唱えること。
蔵の並ぶ脇を過ぎると、家がある。この屋敷の二階の窓をまず確認しなさい。誰もいないなら、入ってよし。中を好きに見るといい。後は引き返して良い。
二階の窓に人影があり、それが男だったら速やかに素通りしろ。敷地内を立ち止まってはいけない。
敷地を囲む屏には、ある程度まで行くと門がある。
その門が肉で縫い閉じられていたら、引き返さないといけない。
門が開いていたら、外へ。
葦の平原の下の地面は泥濘んでいるから気を付けて。汚したくない靴だとしても、門を越えたなら先に行かないといけない。ここから後に、引き返す選択肢はない。
空を見上げること。夕焼けなら門から真っ直ぐ進む。夜なら、地平線の何処かに塔が見えるはずなのでそれを目指す。朝と昼は存在しないので気にしなくて良い。夕焼けのときもしばらく進めば塔が見えてくる。
葦の平原で気を付けることは二つ。一つは外骨格を持つ鯨。時々遠くを泳いでいるのが見える。彼らは人を食べるが、この葦の原にいる鯨は等しく盲ているので、音や震えを立てなければやり過ごせる。姿が見えたら動きを止めて、気配が消えるまで待つこと。これは二つ目の注意事項の時には無視してよし。
もう一つの気を付けることは、邸宅から太鼓の音が聞こえてきた時。ドンドンドンドンと大きな音が響いてきたら、それは屋敷の当主があなたを捕らえようとしている合図なので、急ぐ必要がある。ハーチカーダが顔無鳥を駆って飛び出てきたら、まず逃げ切れない。ただし顔無鳥は起きるのに時間がかかる。とにかく走り続けること。
塔の周りには柵が巡らされていて、そこを越えると屋敷の領土から出るため、ハーチカーダも手出しはできない。ただし柵の内側は外骨格を持つ鯨の巣でもあり、彼らは巣で起きたことは直ぐに察する。うかうかしていないで、とにかく塔へ向かうこと。塔の中には鯨も手出しできない。何故巣の中にこの塔があるのかはわからない。
塔の門は開いているので、中に入ること。
一階は墓標。階段は壁沿いに巡っている。壁面は本棚だが既にほとんど貸し出されているので見るべきものは残っていない。階段を上り続けること。
階段の中にはたまに文字や記号の掘られている段がある。それらは壊れやすい。間違って体重をかけないように。
ある程度登ると窓があって外が見えるようになる。ここからの景色は中々である。遠近法が反転していて、遠くの空城岩が大きく見えるのが絶景だ。月が空を埋め尽くしている。しかしあまり見過ぎてはいけない。たまに飛空岩ではなく大きな顔が浮いていることがあり、それらは呪いの言葉を紡いでいる。彼らの口の動きを見るだけで容易く呪われてしまう。異様なものは見ないで、上を目指すように。
塔の途中からは雲に入る。水と風と冷気。どれか欠けていたら特に危険な状態なので気を付けること。
たまに上から降りてくる人がいるので、挨拶すること。ただしどんな話題を振られても挨拶以外の言葉を返してはいけない。
時々地蔵の首がもげていても気にしないこと。
空っぽの祠に中身はありません。
窓の外を大きな蛾が横切ることがあります。
上から降りてくる人が原型を留めていない所まで来たら、あと二周で最上階。
最上階には男が舞っている。とても綺麗な男の場合もあれば、ひどく醜い男の場合もある。どちらであっても三度質問してくるのは同じなので、全ていいえと答えること。
すると男はあなたのもっとも欲するものを口にするので、それを望むと良い。
これを断るとより欲するものを挙げてくれる。
ただし断り続けるとやがて大きく怒りだし、呪いを吐く大きな顔に変えられてしまうので、ほどほどに。
帰りは男が塔の足元に電車を呼んでくれるので、北の氷湖を通っていく。氷の下には大きな蛇が凍っているので、起こさないように。
電車が停まる駅はたまに知っている名前も混ざるが、五つ目まではあれが変じた贋物なので座ってやり過ごすこと。
六つ目以降で知っている駅が来たら降りて、あとは終わりだ。
お疲れ様ですと言って帰るように。
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