第21話 モニターの話



 まただ、あいつら。

 先生が一人、怒った声で言った。

 体育館二階のギャラリーにある監視カメラ。その映像が、職員室のモニターに映されていた。生徒が何人か屯していた。彼らはただつるんでいるわけではなく、体格の大きい一人を囲んでおり、その一人は財布を懐から出していた。ああ、と。何が起きているのかは了解した。職員室を出ていったのは、生徒指導の先生だった。

 ここで止められないと面倒だなあ、と先生の一人がぼやいた。カメラに気付かれたら、死角でやるようになる。

 今は保護者もうるさいからなあ。発見が遅れたら怒る癖に、カメラの増設には文句をつけるんだよ。忙殺され続ける教師に、まだ、昔のような、足で学校を見回って、生徒を正しく導く理想像を押し付けにかかっている。

 無理なんだよ、そんなのは。

 職員室がひとしきり盛り上がり、そしてしんと、会話が終わる。ふと画面を見ると、生徒指導の先生が入ってきた。生徒がへらへら笑う。

 そのうち一人が一瞬、こちらを見た。目があった。


 そんな気がした。



 ある日の職員室の一幕だった。けど、ある先生が体験したという恐怖は、この一幕とは一切関係がない。



 成績関係の仕事が残っていたのだという。

 一人の先生が、休日の校舎に入ったのは、初夏。その午前中だった。

 職員通用口の名簿を見ると、体育館でバスケ部が練習しているらしい。耳をすませば、バッシュが擦れる音やバウンドの音が鳴っている。校舎の所々からは吹奏楽部の音も聞こえてきた。

 生徒たちの頑張っている姿を想像すると、やる気も出てくる。頑張ろうと気合いを入れて職員室へ向かった。


 仕事自体は、すんなり進んだ。平日は授業による疲労と、生徒&保護者対応による予測のつかないあれこれで、思うように進められない事務作業だが、休日のような生徒を見る必要のない時間では、呆気ないほどスムーズに進むものだ。夕方までかかることを覚悟してきたが、昼過ぎぐらいには終わらせられた。


 片付けて、うんと、伸びをする。


 目が痛い。眉間に違和感を覚える。帰って休もうと思った。吹奏楽の音色がまだ続いている。バスケ部が活動する音は聞こえない。


 終わっていたのか。集中していたから気付かなかった。


 そう考えながら、体育館に誰もいないのを確認しようと思い、モニターを見た。


 その時。それまで聞こえていた音の大半が、消えた。

 トロンボーンやホルンの音色が。セミの鳴き声が。車の通る音が。テレビの電源を落とした時のように、プツッと。消えた。


 ぶおぉぉ────ん……という扇風機の音だけが、やけに大きく感じられた。


 モニターには、体育館の様子が映されている。


 そこには、制服を着た生徒たちが大勢いた。


 この夏日に、休日の校舎に。

 彼らは長袖の制服を着て立っている。

 数は、一クラス分以上はいる。


 誰だ。と思った。バスケ部ではない。吹部でもない。制服を着て、立っている。誰だ。


 目が、あった。


 それは、一人とではない。


 体育館にいる生徒たち、その全員が、ギャラリーの隅にある監視カメラを、じっと見つめていた。いや、彼らはカメラを見ているのではない。

 見られている。


 その先にいる、職員室の先生を、じっと見つめている。



 やめてくれ。


 その目は。



 ガラガラガラッ。


 音が鳴った。いやに大きく響いたそれは、廊下の先で、体育館の扉の開いた音。


 来る。

 来るな。


 仕事が増える。



 戸締まりもそこそこに、先生は逃げた。

 職員室を飛び出し、体育館とは逆方向の通用口を体当たりでもするみたいに全開にして、車へ飛び込み、エンジンを吹かす。暴走するみたく、校舎を飛び出した。という。



 あの生徒たちはなんだったのか。

 この話をしてくれた最後に、先生はポツリと言った。


 あの体育館で誰かが死んだことはない。この土地で死んだこともないらしい。だが。死ぬことだけが、怨念に繋がる行為でもないんじゃねえかと思う。と。


 目があった時、あいつらは、助けを求める目をしてた。と。


 それに背を向けたんだ、俺は。



 本当は、休みの日まで、相手したくなかったんだなあ。



 たまに、モニターを見上げると、生徒と目があうことがある。

 そんな気がした。

 気がしただけだとしている。

 向こうは見てないし、こちらも気のせいだ。

 だから───私が、行ってやる必要は、ない。


 そう思っている。


 今、体育館に一人増えた。そんな気がした。


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