第22話 悲鳴の話
人形供養というものがある。
その字の通り、人形を供養する行為だ。
イメージするのは人形を焼く光景だろうが、実際は結構異なるという。
例えば行ってくれる機関で、葬儀屋が承る場合もあるのだとか。正確に言えば、神社や寺と依頼主の間に葬儀屋が入る形となる。この葬儀屋のポジションに、人形メーカーが入ることもある。
また供養の対象も多岐にわたる。人形供養と銘打ってはいるものの、近年ではランドセルだとか、ぬいぐるみ、結納品、写真も一緒に供養するところもある。
人形供養に力を入れている寺社も多い。とある寺では数ヵ月かけて読経供養を行った後に火葬することもあるとか。
こうした人形供養について、友人と話していて話題になった。思えば私も、もう長らく蔵の外に出していない人形を幾つか持っている。曾祖母のものだというが、そろそろ蔵も整理したいし、供養に出そうかな。そう呟いた。すると、友人は、渋い顔をして言った。
体験談、だという。
人形供養にまつわる、異様な体験。
その神社では、人形供養の抱き上げを神事のひとつとして公開している。
そこそこ有名らしく、ローカルなテレビ番組も取材に来るほどだとか。
その日の抱き上げも、いつも通りに行われていた。
大きな、キャンプファイアのような木組みの装置。それを見物人が囲んでいた。人の並びが割れ、道ができる。台車を引いて現れたのは巫女装束の女性。彼女の引く台車には、人形がうず高く積まれていた。歴史と趣を感じさせる日本人形から、西洋製と思われる金髪碧眼のドール。雛人形もあれば、着せ替え人形に、熊やネズミのぬいぐるみや、中にはプラモデルやソフビまであった。
そんな台車の後ろから神主がやってきた。
神主の指示に従って人形が並べられていく。木組みの内に積まれていく。
この時点で、それらの人形にはもう障りの原因は無くなっているのだと、神主は語った。神社の神様によって、貼り付いた、或いは籠められた念は剥がされ、供養されている。焚き上げるのは、人間で言う火葬のようなものなのだとか。
その説明を終えたのち、神主が祝詞を唱え。
そして火をつけた。
火。
───燃えた。それはもう勢いよく燃えたという。こんなにあっさり燃えるものかと拍子抜けすら覚えるほどに、ごうごうと炎は猛り、人形たちは飲み込まれた。日本人形も西洋ドールも雛も着せ替えもソフビもプラモも皆等しく一気に燃えていった。
その光景はどこか晴れ晴れしさも感じるもので。神聖さすら感じさせた。
あるべきところへ、あるべきものが戻ったような。そんな清浄。
つまり───正しさ。焚き上げの光景には、間違いなく、正しさがあった。
そこで、だ。
あがったのだと言う。
何が。
悲鳴が───あがった。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
甲高い声の。
本当に甲高い悲鳴が。
叫んでいたのは人形、じゃない。
神主の説明によれば、これらの人形はもう障りの原因を除かれている。叫び出すことなどあり得ない。
だから、叫んでいたのは、人形じゃなかった。
人間だった。
人間───の、子供だった。
焚き上げを囲む見物人の中に混ざっていた。
子供。
黄色いシャツと短パンの。
子供が悲鳴を上げていた。
最初、ぎょっとさせられた。次に、不快に思った。神聖で、正しいこの祭儀を、子供が乱している。それがどうにも不愉快だった。上がっている悲鳴も心を揺さぶってくる、平常でいられなくなるようなもので、どうしようもなく癇に触る。いらいらする。むかつく。黙らせたくなる。そんな悲鳴にむしゃくしゃして
けれど直ぐに変わった。
恐ろしかった、という。
子供が悲鳴を上げていることではなく。
悲鳴を上げるような何かが起きていたわけでもなく。
子供をどうにかしようと目を向けたときに、視界に映った見物人らが。
悲鳴を上げる子供に誰も気を止めていなかったこと。
注意どころか、不快そうにもしていない。
そもそも気付いていないのか。
子供は叫び続けている。
見物人は皆じっと焚き上げを見ている。巫女も神主も同じだ。
ただ、自分だけが、叫ぶ子供を認識している。
その事態が、どうにも恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。
なので目をそらした。
焚き上げに飽きた人のような振りをして、その場を離れたという。
子供はずっと叫び続けていた。
そして今も叫び続けている。
ニヤニヤした顔で、不揃いな歯を剥き出して、不愉快極まる絶叫を上げ続けていると。
そう、憔悴した顔で、友人は結んだ。
どうやら彼は逃げられなかったらしい
人形供養に、行ってみたくなった。
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