第16話 放送の話



 七歳ぐらいの頃だったと記憶している。

 留守番をしていた。当時住んでいた母方の実家は田舎にあり、田んぼの中に点在する集落のひとつにあった。広いうちは、誰かがいると賑やかで、遊び場だらけだが、自分一人だけが残っていると、ガランとしていて、物寂しい。

 自分以外に音をたてるものもいないから、そこには窮屈な静けさがある。静寂過ぎて、自分も、音をたてるのを躊躇ってしまうような。そんな静かが降りている。

 私は本を読んでいた。デルトラ五週目に挑んでいた。

 静寂は、いきなり破られた。

 プツン、という音と共に、放送器のスイッチが入る。

 ピンポンパンポン。流れてきた。声。

「T町役場広報です。行方不明者を探しています」

 役場の広報だ。よくあるものである。幼いなりに慣れていた。どこかの呆けたおじいさんおばあさんが勝手に出歩いて、家族が探しているとかそういう

「✕✕✕✕君」

 ページを捲る手が止まる。

 その名前は、私のものだったからだ。

「T町✕✕村にお住まいの、✕✕✕✕君」

 怖い。

 その住所も、私のそれだった。

「お母さんが探しています。直ぐに、家を出てきてください」

 声が変わる。

「お母さんが探しています。直ぐに、家を出てきてください」

 痛みが走る。

「お母さんが探しています。直ぐに、家を出てきてください」

 頬が、強く痛む。腹が、強く痛む。

「早く、家を出てきてください」


「早く、出てきてください」


「出てきて」


「おい」


「聞こえてるだろ」


「出てこい、✕✕」


 なんだか痛くて、そして怖かったので、全部無視した。


 やがて放送は終わった。


 二時間後、帰って来た母は、なにもしてないと言った。父や祖父母は居眠りでもして夢を見たのだろうと言う。夢。夢だったのだろうと納得した。だが───夢にしては、

 はっきりしている、記憶が、というより、声が。

 放送の声が、何十年経った今も、耳に強く残っている。


 それは、ドスの効いた低い声。

 何度も何度も怒られた、辛い記憶と共にある声。

 つまり、前の父親の声をしていた。

 母と離婚した、血縁上の父親の声を。


 父親がその放送の日、その時刻に、交通事故で亡くなっていたことを、子供の私は、五年後に知る。


 それ以来、あれは夢じゃなかったのだろうと、そう思っている

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