第15話 予知の話
勇者ヘラクが跳躍する。握られた天帝剣に力が宿る。
「これでとどめだ、大魔王!」
「無駄だ、そんな大振り、当たらねば意味はない!」
魔竜王ジークリードが回避とカウンターを狙い構えを取らんとする。
そこに
「いいえ、そんな未来は、見えません」
予言の賢者カルデが星の配置を変えた。惑星配列の操作が、占星術となり、起こりうる未来をひとつに───勇者の一撃の命中のみを示す。
「ならば耐えるまで!」
「できるもんならなァッ!」
大戦臣シヴァが斧を振り下ろす。斧使いが真っ先に覚えるその一撃の名を『兜割』。防御を崩す、ただそれだけの追加効果しか持たない技は、けれど魔王の絶対竜鱗を砕くに至る。
毎日一万の素振りがもたらした、それは努力の結実だった。
「ぐ……! く、くはははは! だが、だが、だが!! お前のその満身創痍の腕で、果たして剣が振るえるものかな!?」
「御心配には及びません」
救世の聖女ダルクが鋭く告げる。
「あの方の腕は、三秒前に治癒しております。───私がです☆」
今、全てが揃う。
世界の全てを捧げ、神殺しの武器を創造せんとした魔竜王ジークリード。その野望が、世界の全ての希望によって───
「アルテミットカリバァァァァッ!!」
こうして、魔王は討ち果たされた。
戦いから、二か月が経って。
占星の姫カルデは、勇者ヘラクと結ばれた。
「カルデ、結婚してくれ!」
「その未来は、見えていま───は?」
「俺と結婚してください!」
「え? は? あ? はい……?」
「やったぞおおおおっ!」
「えぇぇぇー……」
世界を救った勇者ヘラクは、なんとカルデと結婚する事になったのである。
「しかし凄い慌てていましたね☆」
酒場にて───。
女性が二人、話していた。勇者パーティーの女性陣。ダルクと、カルデである。
「そうですね、うん。私、告白されるって知ってましたし、プロポーズされるのも見えていましたが、いや、それでもやはり、実際に言われると、照れましたね」
カルデはそう、聖女に語った。
その顔は、常に星を睨み、未来を憎んできた賢者のものではなく。
未来に期待する、幸せな少女の顔だった。
「未来予知者でも驚くことはたくさんある。そんな世界を、幸せに、生きていきたいと。思います」
「く~……! この幸せ者め☆」
ダルクは、幸せそうな少女を見つめて、そして祈る。
魔王を倒すという使命に振り回され、何度も死を乗り越えてきた二人。彼らがどうか、幸せでありますようにと。
翌日。
占星の姫カルデは、死体となって発見された。
自らの神具たる水晶天球で、己の頭を打ち砕く形で死んでいた。血にまみれた顔は恐怖に歪んでおり、生前の美貌は欠片も残されていなかった。
「どういうことなんだ!!」
ヘラクの怒りが、大聖堂を振るわせる。魔王を滅ぼした勇者の魔力は、荒ぶるだけで聖なる宮の基礎ごと粉砕せんばかりだった。
「蘇生の奇跡が通じないって!?」
「私にも分かりませんよ! ヘラク!」
叫び返したのはダルクだ。彼女は祭壇の上に横たえたカルデの屍へ必死に祈りを捧げながら、
「見えないんです! 聞こえないんです! 感じられないんですよ、彼女の魂が!」
世界最高の魂の専門家は、叫んだ。
「こんなこと、今までなかった……! 何かおかしい。蘇生を阻む呪いだとか、感知能力の不調だとかじゃない。根本的に何かが狂ってる! いや、壊れてる……の……?」
「どういう……ことなんだ」
今度の言葉は、困惑で。
「私にも分かりませんよ……。ただひとつ言えることがあるとしたら、もうこの世に……蘇生の奇跡は存在しないかもしれない」
絶望的な言葉が紡がれた、直後。
「大変だ!!」
大戦臣シヴァが、両開きの大扉を蹴り破るように入ってきた。
「どうした、シヴァ」
「カルデの故郷に連絡しようとしたらだな……」
未来予知の総本山、観測神殿アデルガータ。
そこでは数多の予知者が、日夜研究と実践を重ね、未来を読み取らんと励んでいた。
いや、励んでいるはずだった。
「なんだ、これは」
魔王討伐の旅で、数多の地獄を目にして来た勇者をして。
それは困惑だけしか生まない異形の風景。
ある者はカルデと同じく水晶天球で頭をカチ割って死んでいた。
ある者は望遠レンズを飲み込んで窒息死していた。
ある者はタロットカードで喉を裂いて死んでいた。
ある者は自らの指で目を突いて死んでいた。
ある者は本にうつ伏せに。
ある者は
ある者は
死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。
それはあまりにおびただしい数の。
自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。
カルデの故郷の人々は、一人残らず自殺していた。
世界樹に行くと勇者は決めた。
この世で最も高い木。その根元で神具・聖なるハープをならせば、神々の住む天空の世界へと行ける。
「神には頼りたくないが、この状況を何とかするにはこれしかない」
だが、その選択に疑問を呈したのは、シヴァだった。
「だが勇者よ。俺は心配だぜ。だってよ……魂ってのは神々の管轄だろ? 越権が許された人間はダルクだけ。そのダルクが魂を感知できないって言ってるんだ。こりゃ……神々にも何か起きたんじゃないかと俺は思うね」
「分かってる。だから最大限の警戒はしている」
勇者は自らの装備を、シヴァに見せた。
「今の俺は、たぶん、魔王と戦った時の五倍は強い。親子喧嘩だって勝てる自信がある」
魔王城から簒奪した神具の数々に、未完成とは言え神殺しの槍まで装備している。
「想像以上過ぎる敵がいても、まぁ、逃げるぐらいはできるさ」
聖なるハープを鳴らす。
すると世界樹が輝いて、天空から光と、船が降りてきた。
「行ってくる」
漕ぎ手のいない船は、勇者が乗り込むとふわりと浮き上がり、そして瞬く間に空へ駆け登って行く。
雄大の雲海を抜け、煌めく星空も抜け、そして。
たどり着いたのは、純白と虹、清浄と聖性に満ちた天の国。
だった場所だ。
船を降りたヘラクは、パシャリと音が鳴るのを聞いた。足元からだ。
だが、そちらを見る必要を、彼は感じなかった。
「ミューズ」
音楽の天使が、彼の前で死んでいた。
ハープの弦で、自らの首を切断し。
転がった首は、恐怖に染まっていた。
その死骸を乗り越えて、勇者は奥へ進む。
浮き島を渡り、虹の橋を越え、光の門を抜け。
神の国は、死んでいた。
海帝トリトスは三叉槍で喉を突き。幻獣祖パンドラは頭を腕で掻き回して。
蝙蝠闇神ドラクリオは燃えカスとなり。刻機クロックワーカーは己の体を錆させていた。
天使長ザミハリエルは剣で胸を貫き。神兵元帥は倒れたる神像に潰されて。
魔術の神ヘカティーナは口を縫い合わせた上で喉を絞めて。
鍛冶乃王ナナナは溶鉱炉に頭を突っ込んで。長耳神ドゥエルは自らを数多の矢で射抜き。
死んでいた。
死んでいた。
神々は、一柱残らず死んでいた。
そして、最も奥。
神の宮殿の玉座の間で。
「父さん」
勇者の父。全能の最高神。世界の魂の管理者。天帝サガディウスが。
神殺しの槍を何十本も、自らに突き立てて死んでいた。
魔王が、ひとつ作るのに世界の全てを捧げようとまでした武器を。
何十本も。突き立てて。それがサガディウス自神によって作られたものだと、槍に宿る力の残滓から、勇者には推測できた。
絶対神は、自らを殺すためにこれだけの武器を作り、力を消費し、それだけしてようやく、死んだのだ。
逃げるぐらいはできる。
敵がいるなら、逃げられる。
だが、これはどうすればいい。
「敵は、なんだ」
勇者は呟く。
もはや絶望すら遠い。
困惑機能はぶっ壊れた。
感情というものが、軒並み喪失したようにすら思える。
「敵は、なんなんだ!!」
それでも、残る全ての精神を振り絞って叫び。
返ってきたのは、静寂だけだった。
地上へ戻った勇者は、ありのままを伝えた。
神は死んだと。
世界は、意外と平和なままだった。
狼狽えたのは教会の上層部のみ。他の人々は、そうか、というだけの受け止め方をして、平和な日常に戻った。
教会の上層部は、一時的に、勇者を新たなる信仰対象とすることを決めた。それに沿った聖典解釈が行われ、神話もまた新たな……真実の形に整えられることとなる。
その一切を、勇者は、無感動に見つめていた。
「勇者様」
聖女がやってきたのは、神の国から帰還した、その六日後だった。
「教会暗部の諜報機関が情報を集めてきました。彼らによると、予言者の死は、観測神殿以外でも起こっています。……多分、世界中で」
「そうか」
勇者は短く答えた。
「じゃあ、これはどうだ。彼らはいったい、何を見た」
聖女は首を横に振る。
勇者は手を振った。
「出ろ」
「すみません。勇者様」
聖女がいなくなった部屋で、勇者は呻く。
何もわからない。
なのに、事態はどんどん悪くなる。
彼らは……予言者は、神々は、カルデは、いったい何を見たのか。何を知ったのか。
何を、知ってしまったのか。
決まっている。未来だ。死にたくなるほどの、いや、死ぬしかないと思えるほどの。
恐るべき未来を、彼らは、見た。
だから死んだのだ。その未来が来る前に。
「何が」
勇者は、震えた。
「来るというんだ」
魔王を前にしてすら震えなかった男が。
「カルデ、君は、何を見た」
今まさに、震えていた。
けれど、考えてみればだ。勇者は思考する。
いつだって絶望はそこにあった。地獄は隣にあり続けた。そんな暗闇の中でも、勇気を振り絞り立ち上がってきたのだ。
今回だって変わらない。
いつものように挫折し、苦悩し、そして勇気を胸に立ち上がるだけだ。
どんな未来が来ようとも、この剣と絆で打倒する。
───それができると、楽観した、
その時、
彼方で
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