第7話 山の話
熊が死んでいたのだという。
山に入ったおじさんの話だ。
ただの熊ではない。この辺りの猟友会でマークしてた危険なやつだ。人を恐れない熊で、麓まで降りてきて畑やゴミステーションを荒らしていたこともあるという。
そんなやつが、死骸になっていた。
まあ、危険がなくなってよかったじゃないと、心にもないことを言った。
どうにも納得がいかないとおじさんは溢した。
「あんな死に方は見たことがねぇやな」
上から大きな石が落ちてきて、ぺしゃんこにされたみたいな死に方だったという。
金持ちの家とかにありそうな、平べったい動物の皮のカーペットとか、飾り。ああいう感じで。でも所々臓物がはみ出ていたり、血がベットリついていたりした。テラテラと光る毛皮からは嫌な臭いがした。撒き散らされた臓物に、蝿が沢山たかっていた、という。
大きな石が落ちてきて、とおじさんは言ったが、本当に石に潰されたわけがないとも呟いた。少なくとも見渡す限り、熊を潰せるような石なんてどこにもなかったからだ。
本当に嫌な臭いだった。とおじさんは言った。そもそも、熊が死んでることを発見したのも、その臭いのせいだったらしい。
血の臭いとか腐敗臭とも違うという。そこでおじさんは、少し口を歪めた。唇を少し突き出し、頬を僅かにひきつらせる。それは下品なことを言うときの、おじさんの癖だった。
「ありゃ、包茎のちんこを剥いた時みてーな臭いだな」
そう言って、げひげひ笑った。
その笑い方はなんだか、不安を無理矢理笑い飛ばそうとしてるみたいな、不自然さが隠せない、そんな笑いだった。
厭な例えではあるけど、想像はしやすい。それに、おじさんが本当は何を言いたかったのかもなんとなく分かった。
あの臭いは、どことなく唾液の臭さに近い。
おじさんの言いたかったことは。
下品な喩えで誤魔化したことは。
ひとつしか、思いつかない。
近々、山には風車が造られる予定だという。工事の前に危険が排除できてよかったと家族はいうが、私は疑問だ。
あの山には、もっと怖い何かがいるような気がしてならない。
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