百記夜行

みやこ

第1話 巨人の話

 山に風車ができた。

 ヨーロッパにあるレンガ造りのあれではなく、風力発電のための真っ白なやつだ。緑色の木々の中でその白さは明らかに浮いていて、風の強い日はぐるぐる回っているのがよくみえるほどだった。

 ちょうどその頃からだ。祖父が、巨人を見たと言い出したのは。大きな巨人が、山の方に立っているという。明け方や昼日中、夕方。夜になると灯りがなくて見えないらしい。

 風車を巨人と勘違いしているのだろうか。祖父がドン・キホーテになってしまった、なんて家族でちょっと笑ったりした。

 しかし、だんだんと、巨人の目撃情報は増えた。祖父だけではなく、向かいの家のおじさんも、三軒向こうの本郷も見たという。

 巨人。大きな人。

 あの山を作ったのも、巨人らしい。大きな一つ目の巨人が山に棲んでいて、人は食べない、牛を食べる。そして橋を架けたりしてくれる。そんな伝承が残っている。現代でも、雨が降っているのに、ある一部だけ濡れていないということがあの山ではたまにあり、巨人が座っていたんだろうなんて言われたりする。

 実を言えば僕も昔、それらしい何かに遭ったことがある。祖父に連れられて山に出掛けて、枝運びを手伝っていたら迷った。人の手の入っていないところは、恐ろしいのが、山だ。静かなのにうるさい。人の気配はないが、自然の囁きに満ちている。どれだけ歩いても、誰とも会わない、どれだけ叫んでも、どこにも届かない。広がっているのに行き詰まっているような嫌な感じで、あっという間に心が折れた。そんな時だ。大きな風が吹いた。それは僕を持ち上げた。青空と雲がぐっと近くなり、けれどそれは飛んでいるのとは違う、確かな力によって持ち上げられているのだと直感して、そして気がついたら、僕は祖父の柿畑に立っていた。

 後になって祖父から聞いた話がある。祖父の祖父の祖父の祖父の祖父の……数えきれないぐらいの昔に、山の巨人が酷く腹を空かせていた。その頃、里は大凶作で、巨人のために与えられる牛なんて一頭もいなかった。そこで僕の、祖父の、祖父の祖父の祖父の祖父の……ご先祖様は、自分の娘を差し出したという。巨人はご先祖様の献身的な心に感服し、娘を召し上がった後、約束をした。三度、お前の子孫を助けてやろうと。

 一度目は祖父の祖父の祖父の代、大きな大きな台風が来た時、里の直前でその台風は進路を変えた。これを祖父の祖父の祖父は巨人様のお陰だと言ったのだという。

 二度目は祖父の頃。戦争で南方に行った祖父が、向かった島の密林で部隊とはぐれた時、大きな風が起きて、気付いたら部隊が駐屯していた村に立っていたらしい。

 柿畑で祖父に見つけられて。今回が三度目だなあと祖父は笑ったのだった。

 山には巨人が棲んでいる。大人になった今では流石に信じてはいない。迷子の一件だって、本当はそんなに離れていなくて、泣きながら歩いてたら偶然戻れたのを、歪曲して記憶したのだろうなんて思う。

 でも、巨人は僕の心に根差したものになっていて。

 そしてそれは、この地域の人間には共通なものだと思って。

 だから、その時、ひどく驚いたものだ。

 祖父が、おじさんが、本郷が、風車の立った後に巨人を語る時、何か嫌なものを話すように、顔をしかめるのを。

 恐ろしいものを話すように、声を震わせるのを。


 そして僕も、ある日、巨人を見た。

 車で走っている時、窓の外を見た瞬間に、それは山に立っていた。

 風車の陰に佇むような、真っ白い大きな人の姿を。


 それを見た時、何故祖父が嫌なものを話すように、顔をしかめたのかがわかった。


 その巨人の顔は、目が四つ並んでいた。鼻も口もなく、バツの字に並んだ四つの目からだらだらと涙を滝みたく流して、じっと麓を見つめていた。



 山に風車ができた。

 四つ目の巨人が現れた。

 祖父は山に入るのを止めた。僕は地元を出て、しばらく帰っていない。

 風の頼りで、風車の数が増えたことを知った。山には白い風車が、五個も六個も並んで回っているらしい。

 僕はたまに夢を見る。

 増えた風車の全ての陰に、四つ目の巨人が沢山、佇んでいる光景を。

 彼らが流す涙はどこか、どろどろと粘性にテカり、まるで唾液みたいに見える。


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