第3話

授業には無事間に合ったけど一時間目の途中、後ろの扉から入ってきた生徒の顔を見てうっかり声をあげそうになった。

「久郷、遅刻だぞ」

「すみません」

短いやり取りで席に着いた彼は、間違いなく朝に私が出会った男の子だった。思い出した。クラスメイトの久郷くごう静真しずまくんだ。普段静かなタイプでうっかり忘れていた。一瞬目があった気がするが、すぐに逸らされその後は何も無かった。


それ以外特に変わったこともなく、あっという間に四時間目になり、お腹もぐうと言いそうな時間になった。集中力も切れ気味になると、窓際の席としてはつい、窓の外を見てしまう。あ、あの雲、ちょっとおいしそうかも。

今は体育の授業もない校庭を見下ろすと、誰かが立っているのが見えた。じっと目を凝らすと、その子は小学生くらいの男の子で、ちょうど今朝出会ったくらいの……。違う!あの子は今朝の子だ!顔はもちろん、着ている服だって一緒。どうしてここに……?

それからはそわそわしっぱなしだった。授業が終わり、みんなが口々に「メシだー」「お腹すいたねー」と言っていても、私の頭はあの男の子のことでいっぱいだった。


「あれ、奈緒ちゃん、一緒に食べない?」

「ごめんね。今日はやることあるんだ。また誘ってくれたら嬉しいな!」

お弁当の包みを掲げるクラスメイトに謝りつつ、教室を飛び出す。

靴を履くのもじれったく、普段はしないけどかかとを踏んだまま外へ出る。見上げた空は朝とは打って変わって厚い灰色の雲に覆われ、不安を掻き立てられた。



「どこ行ったの……?」

校庭には誰もいなかった。でも、さっき見たあの子は夢や幻なんかじゃないという確信がある。


ポン、と背中に軽い感覚があった。誰かに手を置かれたような。振り返ると探していた男の子が立っていた。


「あ、ねえ君!朝会ったよね?大丈夫だったの?どうしてここに……?」

矢継ぎ早に問いかけるが男の子は無表情のまま、自分の手を見つめていた。その小さい姿がゆらりと揺れた。しゅう……と不確かだった輪郭が戻ってきた後、そこにいたのは小さな男の子ではなくだった。


そのは背を向けるとタッと校舎へ走り出した。


「え?待って……!」

すぐに追いかけようとしたが、慣れない靴の履き方に足がもつれて盛大に転ぶ……と思ったが衝撃は来なかった。目を開けると私の体は重力に逆らい、前にテレビで見たダンスパフォーマンスより傾いていた。


「……またお前か。今度は何してんだ」

聞いた覚えのある声が後ろ――私は傾いているけど――から聞こえた。すっと体勢が元に戻ったので振り返る。そこにはやっぱり久郷静真くんがいた。


「どうしてここにいるんですか……?」

「たまたま。あと、もう俺がクラスメイトだって知ってるだろ。なんで敬語なんだよ」

「え?ああ、助けてくれてありがとう静真くん。いや久郷くん……?」

「呼び方はどうでもいい。何かあったのか?」

「じ、実は今朝の男の子が私になって学校の方に……!」

「いや、意味わからん」

ばっさりと切り捨てられた。でも、それ以外にどう説明すればいいのかわからない。

早く追いかけたいけど、助けてくれた人を置いていくわけにも……と困っていると、


「奈緒ちゃん」

とまた聞き覚えのある声がした。

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