第2話

なんとか遅刻せずに済んだ……。無事に、とはいかなかったけど。

席について、ハンカチで拭いていると声をかけられた。


「うわ、どうしたの奈緒。めっちゃ濡れてるじゃん。滝行でもした?」

「あはは……してないよ。学校に来る途中で車にね」

「あー、それは災難だったね~。だいじょぶ?」

「うん。後で着替えてくるよ」


びしょ濡れの私を見て眉をひそめているのは三森みもり五希いつきくん。今は多分、友達にいたずらを仕掛けようとしてたけど、私を見て声をかけてくれたのかな?


「おい、五希!お前また俺の消しゴム変な形にしようとしてただろ!」

「あ、ばれちゃった?いいじゃん、みんな四角いなんてつまんないよ。ちゃんと消ええるんだしいいでしょー」

「タネはさっぱりわからないけど、なんで形が相撲取りなんだよ!」


あはは……。五希くん、またやってる。でも、親しみやすくて明るい性格もあって、本気で怒ってる人はいない。


ふと教室の前の方で固まっている、もう一つの集団が目に入った。囲まれてるのはきっと在明ありあけゆうくんだ。どこか大人びてて、入学式の日からずっとあの調子だ。女の子もみんな在明くんの話をしていた。


「あれ、奈緒ちゃん大丈夫?」

「びしょ濡れだよ!タオル貸そうか?」

話しかけてくれたクラスメイトに返事をする前に先生が入ってきた。


みんながやがやしながら自分の席に戻っていく。声をかけてくれた二人もごめんね!と言いながら戻っていった。


「よーし、出席とるぞー。って、勇、お前なんでそんなに濡れてるんだ。すぐに着替えて保健室でタオル借りなさい。保健室にはすぐ連絡しておくから」

「は、はい……」


仕方ないけど、クラスの注目を集めてる!そそくさと席を立ち、体育着を持って教室を出る。一階の保健室の扉をノックすると中から返事が聞こえたので扉を開け、声をかけた。


「失礼します。1年2組の勇です。タオルを貸していただきたいのですが……」

「勇さんね。連絡はもらってるわ。はい、これタオル。足りなかったら言ってね。あと、着替えはそこのカーテン引いて中で済ませていいからね」

「ありがとうございます」


***


「着替え終わりました」

「あ、よかった。じゃあ、濡れちゃったのはここで乾かしておくから、放課後取りに来るの忘れないようにね」

「はい。ありがとうございます。失礼しました」


保健室から出ると、なぜか在明くんが立っていた。

「あれ、在明くん……?」

「やあ、奈緒ちゃん。朝から大変だったね。……ああ、僕はちょっと一人になりたくて抜けてきちゃった。HRホームルームはもう終わってると思うよ。それから、奈緒ちゃんのことも心配だったから見に来たんだ」

一度に色々なことを言われて戸惑うが、にこにこと爽やかに笑う在明くんはどこかいたずらめいていて、思わずつられて笑ってしまった。


「水溜まりの水を思いっきり引っかけられちゃったのかな?あそこの信号のところ、少しくぼんでるところあるから、信号待ちのときにでも。あ、それより奈緒ちゃんはみんなから注目されたこと気にしてる?大丈夫、みんなもう忘れたよ」

「え、どうして?お話に出てくる探偵みたい……」

あったことを全て当てられて思わずつぶやくと、在明くんはすこしきょとんとした顔をして笑い出した。


「ふふ、あはは。やっぱり奈緒ちゃんって素直で面白いね」

わ、笑われてる?変なこと言ったかな?

「馬鹿にしてるわけじゃないよ。つい、ね。気を悪くしたならごめんね」

「あ、ううん。全然……」

「もうすぐ一時間目だよ。一緒に戻ろう」

そう言って、在明くんは先に歩き出した。





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