腐男子伊吹と七星クン
かさね
第1話
「アイツの描いてる絵キモくね?」
「しょうがないじゃん。陰キャなんだから」
「だよなー」
当たり前のように人が人の趣味を指さして遠くから笑う。
そして、人をすぐに「陰キャ」「陽キャ」という言葉に当てはめる。
別に犯罪になるような危ない趣味じゃない。
それなのにどうして人に趣味を、好きなことを否定されなければならない?
お前たちの趣味はそんなに堂々と言えるような、周りから褒め称えられるようなものなのか?
「おい、伊吹ー」
友人の声でハッとした。
HRが終わったばかりでまだ人の多い教室。
自分に向けられた言葉じゃないというのにいちいち反応してしまうのは悪い癖だ。
こんなのキリがないというのに。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「しっかりしろよー、お前」
本当、しっかりしなきゃだな。
部活に行くという友人は用件を俺に話すと、さっさと教室を出ていった。
俺もリュックに最低限の荷物だけをほおりこみ、席を立った。
───
文化部の俺は部活がない日は大抵一人で帰る。
他の男子は殆どが運動部に入っていて、帰る時間が合わないからだ。
そんな時、いつもなら家に直帰するところだが今日は寄りたい場所があった。
駅前にあるその場所に吸い込まれるように俺は入っていく。
足音がやけに大きく感じる静かな店内にはBGMの有名な洋楽が流れていた。
本棚にはびっしりと詰まった小説や漫画の数々。
俺はこの空間が、本屋が結構好きだ。なんというか、落ち着く。
目当ての物がある棚まで行くと、そこにはそれが平積みになっていた。
新刊が本屋でしっかりと表紙が見えるようにして置かれているこの瞬間は何度経験してもテンションが上がってしまう。
上から三冊目の物を取り、表紙を内側に向けてからレジへ向かおうとした、その時だった。
チャリン
何かが下に落ちる音がした。
音につられるようにして下を見ればそこには可愛い猫のキーホルダーが落ちていて、俺は咄嗟にキーホルダーを拾った。
「あ、あの……」
ふと、小さな声が聞こえてくる。
キーホルダーから顔をあげれば、そこにいたのは同い年くらいの女の子だった。
黒色のロングヘアに長い前髪で顔は少し隠れているが、綺麗な顔立ちなことはすぐにわかった。
ただ、女の子にしては身長が高いし、声も低い気がする。
「そ、それ、私のです……」
「ああ、そうなんですね。どうぞ」
「ありがとうございます……」
お礼を言う姿に感じる既視感。
絶対に見たことある、この子は───。
「七星?」
大袈裟に飛び跳ねる肩、気まずそうに逸らされる目。
「い、伊吹クン」
自分の苗字を呼ばれ、俺は確信した。
やっぱりクラスメイトの七星だ。
七星とは割と喋った事がある。とはいえ、まあまあ喋るクラスの男子くらいの関係だけど。
気まずい空気の中、俺たちは取り敢えず本屋を出ることにした。
勿論、目的の物はちゃんと買ったが。
本屋を出た俺たちは人通りの多い駅前で話すことも出来ず、そこまで人通りのない公園までやって来た。
子供たちが「ばいばい!」と大きく手を振る姿を横目に俺たちはベンチに座った。
「びっくりした、まさか七星だったなんて。というか、どうしたのその格好?」
伏せ気味だった目がチラリとこちらを向いた。
「……趣味、かな」
「凄いね、似合ってる。じゃあ、そういう格好とか好きなんだ?」
無難に話し始める俺に七星は「まぁ……」と小さく呟く。
しかし、微妙な返事のわりに格好はかなり手が込んでいるというのは女子のファッションなと全く知らない俺でも分かった。
かつらであろうロングヘアの髪の毛、フリルのついた真っ白なブラウスと紫の花がプリントされた大人っぽいスカート。顔にはメイクが施されている。
学校から帰って短時間でよくここまで出来たな……。
「引かないんだ。それはそれで引くかも……」
「酷くない?」
七星の顔にははっきりと「変な奴」と書かれていた。失礼だな。
「伊吹クンは、そういうの好きなの?」
七星はチラリと俺が鞄の中に入れた物を見ながら遠慮がちに聞いてくる。
「まぁね」
俺が言っていた物というのは、ボーイズラブ、BLと呼ばれるジャンルの漫画のことだ。
そして、それが好きな女子のことを腐女子と呼ぶ。男子は腐男子。
最近ではだいぶ受け入れられていて、BL文化は広まっていると言える。
とはいえ、女子にはこの手のジャンルが好きな子が多いけど、男子はそういうわけじゃない。
いろいろ勘違いを生む気もするし。
「男なのにこういうの読んでるの、キモいだろ?」
「全然いいと思う」
「それはそれで引く」
「わざわざやり返さないで」
七星は一呼吸置いてから記憶を探るように話し出す。
「腐女子?いや、腐男子か。俺の友達にそういうの好きな子いるし……。てか、伊吹クンがBL好きって言ったらその子大喜びすると思う」
「そう?」
「うん。腐男子いて欲しいって前に言ってたし……」
七星はそこで言葉を止め、静かに息を吐き出す。
その顔に影が落ちた。
「むしろ、俺の方がキモいでしょ」
少し間を置いて、七星は自嘲気味にそう言った。
「好きだけど、好きだって言うのが怖い。周りの目が怖いから」
「大丈夫、さっきも言ったけどめちゃくちゃ似合ってるから」
本心だ。
普通に女子に見えるくらいには似合ってるし、可愛いと思える。
「そうかな?まあ、正直言ってさ。どれだけ似合ってたって怖いもんは怖いんだよ」
「……分からなくもない」
結局、仲間が何人いたって他の人の目はなかなか変わらないし、怖いもんは怖い。
沢山良いことを言ってくれる人がいるのに、ひとつの嫌なことがどんな形であれ心に残る感覚に近いだろう。
それでも。
「けど、それを認めてくれる人が一人でもいたら、嬉しいことに変わりないだろ?」
七星は一瞬キョトンとした後、何が面白かったのか声を上げて笑いだした。
「アハハ!ポジティブすぎるでしょ……フフッ」
「七星のせいでめっちゃ恥ずかしいんだけど」
自分の台詞を思い出して天を仰ぐ。漫画の読みすぎか?あんなのがサラッと出てくるなんて。
「ごめん。……でも、」
その言葉で俺は七星に視線を戻す。
七星は夕日を背に笑っていた。
「ありがとう」
男子とか女子とか、関係なく。夕焼けに照らされたその笑顔はただただ美しいと思えた。
「どういたしまして」
腐男子伊吹と七星クン かさね @honcly
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