第23話 『ハーレム症候群D型』2
「この子が気に入った」
男が奴隷を指さして店主に告げた。
「すみませんがその子は先約が入っておりまして」
店主は感情のない声で答える。
「金ならいくらでも出す。どこかの変態貴族に買われて酷い扱いを受けさせるにはもったいない。そんな目にあうくらいなら俺が買ってやってもいいのだが」
地下街の更に地下で密かに行われる闇の取引。
そこに似つかわしくない幼い声が響いた。
「だれが変態貴族だ。ボクは貴族だが変態じゃないぞ!」
ぶかぶかの白衣を着た先生は男と店主の会話にいきなり割って入っていった。
私はいつものように身を縮めながらその様子をカルテに書き込む。
先生は男がネコ耳族の少女を選ぶことを予想していたようだ。男が後からやってくるのを待つために、先に少女を買っておき、引取るのを後にしたらしい。店主にはそれなりの見返りを支払って。
ちなみに、私は先生は変態ではないけど変人ではあると思う。
「誰だお前」
敵意を剥き出しにした声で男は先生をにらみつける。
「ボクは医者だ。そういう君は異世界人だね。そのふざけた顔立ちと髪型を見ればわかる」
商談に来たと思われる異世界人の男性、おそらく十代後半、にいきなり失礼な言葉を投げつける先生。
別に普通の顔だと思う。髪型も長めの前髪を目のところだけ分けている、普通の黒髪だ。
「な、なんだお前幼女のくせに。生意気だな。だが、なかなかかわいい顔をしているな。お前がどうしてもというのなら俺の仲間にしてやってもいいのだが?」
先生のことを幼女と言っておきながら、気に入ったから仲間にしたいと言うのは、自分が幼女趣味(ロリコン)だと言っているようなものなのでは。
先生と異世界人の戦いはこうして幕を開けた。
「冗談は顔と髪型だけにしてくれよ。君のような変態の仲間になどなるものか」
先生の煽りエンジンがかかった。変態と言われたのが気に触ったらしい。
異世界の男も黙ってはいない。
「黙って聞いていれば偉そうに。ここでお前をぶちのめしてやってもいいのだが?」
と男も先生相手に一歩も引く様子はない。薄ら笑いを浮かべ先生を見下ろす。
まあ、先生のこの小さな容姿では舐められて当然なのだけど。
そんないやらしい視線を気にもとめない先生。
「君はなぜこのネコ耳族の奴隷少女を買おうとしたのかな? その奴隷の先約はボクだ。だが、理由の如何によっては君に譲ってあげてもいいよ」
「お前のようなチビが?」と男はわずかに驚いた様子を見せた。
「奴隷など間違っているからだ。かわいそうだから助けようとしたに決まっているだろう。こんな暗い場所で病気にかかって弱っている。それを助けようとして何がおかしい? おれはただ人助けをしようとしただけだが」
男は得意げに言う。
「病気? ああ、そうだったね」
先生はこちらの様子を不安そうに見ていたネコ耳族の少女に手をかざし光を当て、一瞬で少女の病気を治してしまった。私はこのくらいのことではもう驚かないけれど、少女は信じられない展開についていけずに目をまん丸くしていた。
「これで病気の心配はいらなくなったね。それで、君は他にもたくさん奴隷がいた中で、なぜこの娘を選んのかな?」
「お前、何者だ。今のは魔法か!?」
警戒する男を無視して続ける先生。
「人助けというのなら誰でもいいはずだし、そんなに金を持っているのならいっそここにいる奴隷全員を買い取って開放してやるのはどうだろう。奴隷は間違っているんだろ? 可愛そうで助けてやりたいんだろ?」
「なんで俺がそんな事をしなくちゃならないんだ。俺はただ仲間がほしいだけなんだが」
男はなんと奴隷商に仲間を探しに来たと言い出した。
正気なのだろうか。
それとも異世界人だから友達が一人もいないのかな。
先生はそれを笑うでもバカにするでもなく、更に語気を強めた。
「だったら、そこに若いイケメンの奴隷がいる。彼はエルフでね。高い魔力と戦闘能力は本物だよ。だけど、あまりの魔力の強さに嫉妬した仲間に騙されてしまってね……。悪魔だなんだと罵られた挙げ句に仲間に裏切られて売られる羽目になり、ここに連れてこられたんだ。性格もよくとってもいいやつだ。仲間がほしいならおすすめだよ。それとも、あちらにいるムキムキの元戦士のオッサンがいいかな? あいつは戦闘狂だ。少々扱いは難しいが君のこれからの旅に連れて行って戦わせるのならおすすめだ。彼なら喜んで君の代わりに戦ってくれるよ」
男は先生の早口にたじたじになる。
「い、いや、それは結構だ」
「なぜだ? 奴隷を買いに来たんだろう? 仲間がほしいんだろ?」
「い、いや、あれはちょっと無理だ。俺の手に余ると言うか……」
「じゃあなぜさっき、こんな年端もいかない少女を買おうとしたんだ?」
「それは……」
男は口ごもる。
「君は本当は自分の思い通りになる美少女が買いたかっただけじゃないのか?」
「そんなことはないのだが!?」
「本当のことを言えよ。自分のことをご主人様とかマスターとか呼ばせて、奴隷から開放してやったことをいつまでも恩に着せて逆らえなことをいいことに、あれやこれやと好き放題してやろうなんてゲスなことを考えているんじゃないのか?」
「そそそ、そんなことはないが? 俺は純粋に? こんな若い子が奴隷なんてかわいそうだと思って助けたかっただけだが?」
論戦に慣れていなさそうな異世界人さんはかなり圧され気味になっている。
異世界人さんは見るからに狼狽しだした。先生の言うことが当たっていたのかもしれない。
だとしたら、とんだ変態異世界人だ。
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