Karte04 『ハーレム症候群』
第22話 『ハーレム症候群D型』1
「先生、今回はなぜこんな治安の悪そうな地下街に来たんでしょうか……。明らかに
「なぜって、患者がここにいるからに決まってるじゃないか。君こそもう少しTPOをわきまえた格好はできないのか」
今日は暑かったので少し薄着でスカートも膝丈でいつもよりガーリーコーデだったのでこの地下街で私は浮きまくっていた。
「こんなところに来るってわかってたらそれなりの格好してきてましたよ!」
そういう先生はそもそもどこから見ても童女。こんな地下街に最もふさわしくない人間だ。
二人で目立ちまくっていたのだけど、いつも通り先生はカルテの確認をしながら周りの視線など気にもせず地下街の奥へと進んでいく。
今日も本気のようだ。
「ここだ」と言って先生が立ち止まった前にあるのは看板もなく営業しているのかもわからないお店。
「ここってなんのお店ですか? 見るからに怪しいんですけど」
「奴隷商だ」
「ええぇぇ……。私はそういうのはちょっと無理っていうか……」と私は割と素で引いてしまった。
「君も貴族の端くれならばこういう社会の闇のことも少しは知っておくべきだろう。さ、いくぞ」
先生はそんな私を気にもせず中へと入っていった。
当然「いらっしゃいませ」なんていう迎賓的な掛け声はなく、小さなカウンターには明らかに価値のなさそうな石ころや汚れた瓶が列をなしている。売り物のつもりなのか、ダミーなのか。
その奥に、立派な服装に身を包んだ男性が座っていた。地下街の雰囲気からは想像もつかないほど、彼は高貴な装いで、髭を生やしている。
警戒心に満ちた眼差しで、彼はじっとこちらを見つめていた。
「奴隷を買いに来た。金はこのとおりいくらでもある」
先生は変態成金貴族みたいなセリフを一切の躊躇なく言った。
先生が革袋に入れた大量の金貨をカウンターの上に置くと、男は中を確認し、ニッコリと笑い「いらっしゃい」とぼそりと言った。
「えええ!? 奴隷を買うつもりなんですか!? 許されるんですかそれ」
私は小さな声で先生に訴えかける。
「いいわけないだろ。思いっきり違法だよ」
「い、いけません先生。いくら男性と縁がないからって奴隷に手を出すなんて! 私が先生のこと幸せにしてあげますから考え直してくださいっ!」
「何を言っとるんだ君は。ボクは患者を救いに来ただけだ」と先生は真顔で言った。
患者が
でも、そもそも奴隷ってだけですでに助けが必要な状態なのでは。だとしたらここにいる全員が患者ってことになるのでは。
「今日の患者は『異世界奴隷少女型ハーレム症候群』だ」
「いせか? 奴隷? ……ずいぶん長い症例名ですね」
いつも通り、意味不明な単語に症候群をつけただけにしか聞こえない。もちろん聞いたこともない名前の症候群。
「うん、説明しよう。まずハーレム症候群と呼ばれるやっかいな症候群があってね。ボクが長年研究している症候群なのだが、有能な美少女がなぜか特に惹かれる要素もない男に惚れてしまうという症状だ。今回のは中でも異世界奴隷少女型というもので、その名の通り奴隷少女が異世界人に惚れてしまうことになるんだ。あ、この場合ボクたちのこの世界が異世界扱いになるな」
先生がいつもの早口で説明してくれた。
「それはまた……奇妙な症候群ですね……」
「ボクは奴隷制には否定的ではあるが、奴隷の取締りは国の仕事であり医者であるボクがどうこうするべきものではない。だが、症候群ならば話は別だ。この中に異世界人に買われてしまう可能性が高い奴隷がいる。その奴隷は買われた後、あちこち連れ回され、異世界人のために死ぬまで魔物などと戦わされることになる。ひどい時には下の世話までさせられるんだ」
――うわぁ……それはひどい。だけど
「でも先生、奴隷ってそういうものなんじゃないでしょうか……かわいそうだなとは思いますけど」
ひどいときには臓器だけ取られて捨てられるなんて噂話だって聞きたことがある。噂だけの話だと思いたいけれど。
「奴隷なんてものは普通は家の中で奉仕させたり、人目につかないところで労働などをさせるものだ。いくら奴隷だからといって自分の代わりに魔物と戦わせるなんてひどいとは思わないか。まだこの地下牢に繋がれているほうがまだマシかもしれないな」
「それは、どうなんですかね……暗い地下に囚えられているくらいなら危険でも外の世界に出られる方がいいという人もいるかもしれませんよ」
「まあね。それならいいんだけどな」
店の隠し扉からさらに地下に降りた場所に、外からはわからない巨大な空間が会った。そこには大量の牢が設置されており、中には奴隷が囚えられていた。
その数は十から二十といったところ。
人間だけでなく、獣人やエルフといった人間以外の種族も売られている。正直、見てられない。
「本日はどのような奴隷をお探しですか」
先程の男はこの奴隷商の店主らしく、静かで人間とは思えない氷のように冷たい声で言った。
私はもう帰りたくてたまらなかった。ここに一秒でもいたくなかった。
だけど先生はやはり全く気にしていない。
「もちろん、ケモミミの美少女だ。上物が新しく入荷されたと聞いたからやってきたんだ」
「さすが、お目が高い」
先生はすでに目星をつけていたらしい。
目的のケモミミ美少女は銀髪に銀色の耳と尻尾がついた獣人族の少女だった。
獣人族の年齢はわからないけれど、人間ならまだ十代前半くらいの幼い少女だ。
「やめて……ひどいこと、しないで……」
獣人族の少女はひどく怯えている。大きな傷などはないけれどなにか病気を患っているようで、それが原因で追放されたのだという。
「うん、いいね。王道の銀髪に猫耳。最近は猫以外の獣人族が人気のようだがやっぱり猫耳は最強だな。気に入ったよ。この娘を買おう。ただ店主、頼みがあるんだが、倍の値段を払うから引き取りは後日にしてもいいかな?」
「もちろん構いませんよ」
「せ、先生、ほんとに買っちゃうんですかっ!? うわーうわー……。でも、なんで後から引き取りに来るんですか?」
「もちろん、患者を治療するためだ」
先生はいつも通りに迷いなく答えた。
患者を治療するため? 患者はいま助けたんじゃないだろうか。
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