第17話 『信長症候群』3
「くそ、ここまで症状が進行してしまっているとは……。ボクは複雑にこじれた歴史の修正で手一杯だ」
結局、長篠の戦いでも信長症候群の患者を見つけることは出来なかった。
この時信長は四二歳。信長が四十九歳で本能寺の変で命を落とすまで後七年。私達にとっては後一週間。それまでに発症者を見つけなければならない。
「こうなったら仕方ない。ボクは無能な患者の干渉による影響を最小限に抑えるために戦いに参加しなくてはならない。だからリコくん。君にお願いしたい事がある」
「私に、お願い、ですか。一体何をって、まさか! 無理です! ダメです!」
「君しかいないんだ。ボクはこの後も第三次信長包囲網の突破や石山本願寺の平定なんかで忙しくって患者探しなんてしている余裕がないんだ。ボーナスははずむから、頼むよ」
「無理ですよ! もし襲われたりしたらどうするんですかっ! そりゃあ先生にお願いされるのは嬉しいですし、私に出来ることならなんとかしたいですが、これは無理です! 私は先生みたいに医術が使えるわけじゃないんですよっ?! 殺されちゃいますよっ!」
「大丈夫だ。そのために今回は助っ人を呼んである。おーい!」
「助っ人!?」
屋敷の扉(ふすま)を開けて入ってきたのは、私の初仕事のときの患者さんのグレンさんだった。
「やっ! センセ! リコさん! お久しぶり! 今回の高額でのお仕事依頼ありがとー! よろしくね!」
グレンさんはとても嬉しそうに無邪気に飛び跳ねている。ピコピコとサイドテールが弾む。
「いやあ、今回の報酬は金貨五百枚。しかも全部先払いなんて、さっすがセンセー! しかも仕事内容がリコさんの護衛を一週間だなんて、ほんとにいいんですか? こんなに楽な仕事でこんなにもらっちゃって」
――楽な仕事!? これが!?
私は先生の方をにらみつける。先生は白々しい顔でカルテに目を落としている。
――今回の任務のこと、グレンさんにちゃんと説明していないんですね?
(じ、時間がなかったんだよ。あとは君から説明しておいてくれないかな)
――なに勝手に思考読んでるんですかっ! 念話じゃなくて直接言ってくださいよっ!
(彼女の実力は君も知っているだろう? この時代の兵士相手なら彼女が負けることはあり得ないさ)
「そんな事聞いてませんっ!」
「ど、どうしたのリコさん。急に大きな声出して」
グレンさんは驚いて私の顔を覗き込んでくる。
また声に出してしまった。念話はまだ慣れてなくて難しい。
「じゃあグレンくん、後のことはリコくんに聞いてくれ。任務が最後までうまく言ったら報酬はさらに追加ボーナスも支払うから。ボクは石山合戦にいかないといけないからこれで!」
「ほんとですかぁ!? センセ太っ腹――! いってらっしゃーい!」
――あっ先生っ! 逃げるつもりですか! 先生――――っ!
先生はそそくさと部屋を出ていってしまった。
グレンさんは物珍しそうに本と資料だらけ、カルテだらけで散らかった会議室を見て回っていた。
こんな無邪気で健気でちょっと守銭奴な女の子を騙して連れてくるなんて信じられない。
先生にはあとできつく言ってやらなくちゃ。
私とグレンさんは安土城下に潜入した。
安土城と言うのは織田信長の拠点となる城で、私達の世界で見る城とはかけ離れた外観だった。
だけど城下町の規模は私達の世界と同じかそれ以上。
活気に満ちていて、たくさんの人々で賑わっていた。
「さすがは世界を手に入れようとする王様なだけありますね。ただ戦争で勝つだけでは国は作れませんからね」
先生の認識阻害がないので、私たちはこの世界の服を用意して紛れ込む必要があった。
この世界の服を着ても私たちの金髪はすごく目立ってしまうので、頭に布を巻いて隠しておいた。
バレたら逃げる、くらいの軽い気持ちだったけど、意外とバレない。
この安土城はまだできたばかりらしく、世界中から人々が集まっているところだそうで、よそ者がいても全然目立たなかったのだ。
「自然豊かな国だねえ。水も森もいっぱいだよ。きっといい国になるんだろうね」
「それがねえ……資料によればこの王様は……」
私は先生がぜんぜん説明していなかったぶん、グレンさんにこの世界のこと、織田信長のこと、そして私たちはこの世界に紛れ込んでいる異世界人を見つけ出さないといけないことなどを説明した。
「うーん。難しいね。私は一応リコさんの警護が今回の依頼だから、人探しの方はリコさん頑張ってね。だって、この世界の人の顔、あたしはまだみわけがつかないや」
それを言うなら私だって見分けはつかない。
だけど信長ならすぐに分かる。オーラが違うし、なによりイケメンなのだ。
ということは、おそらくこの世界で鍵となる人物はイケメンの可能性が高い。
だったら私の出番。
私のイケメンセンサーでイケメンを探していけばいいのだ。
たぶん、先生はそんな事を考えて私にこの仕事を押し付けたんだと思う。
私の横でなにやら落ち着かない様子のグレンさんが
「なんていうかカラダに布を巻いてるだけって感じでスースーするね、この衣装。それに足が広げられないし、動きにくいなあ。ちょっと捲し上げてもいい?」と太ももをあらわにしようとするので慌てて押さえつける。
「だ、ダメですよっ! 目立つことして捕まっちゃったりしたら大変ですから」
その時、おじさんに話しかけられてしまった。
「おねーちゃんたち、いい魚が入ったんだ。今晩のおかずにどうだい?」
先生からはなるべくこの世界の人間と関わるな、と言われている。
だけど、かといって何も食べないわけにも行かないし、一応この世界のことは調べてきたし、ある程度のお金も持ってきている。
お腹も減ったし、なにか買おうかな。
「どんなお魚があるですか?」
そんなやり取りの途中で、おじさんが私の目をじっと見つめたまま固まってしまった。
まさか、私の魅力にメロメロになってしまったの? 惚れさせてしまったのかしら!
「あんた、すごいな。目の色が見たこともねえ。赤色じゃねえか。こりゃあすげえや」
目の色?
そうか、言われてみればここにいる人達は全員黒髪に黒目。資料にあった戦国武将のみなさんも全員そうだった。
瞳の色なんて気にしたこともなかった。
「あ、いや、これは生まれつきで。……あの、できれば内緒にしておいてもらえます?」
「そりゃまあいいが、あんた、もしかして南蛮人かい?」
「ナンバンジン? なんですかそれ」
「外の国からやってきたってやつらのことさ。なんでも南の方からやってきて信長様の周りにもそういうやつらがいるって話だ」
南蛮人という私達のような金髪の人間もいるにはいるらしい。
だけどそれはとても数が少なく、こんな普通の街にいるような存在ではないようだ。
「まずいね。このままだとまともに街も歩けないよ」
グレンさんと私は近くの山に入り野営していた。
グレンさんが鹿を仕留めて来てくれて、手際よく捌いて、私にも食べさせてくれた。
「でも、逆にこれはチャンスかもしれません。かなりの賭けになりますけど、私達のような南蛮人はすぐに権力者の元へ連れて行かれるようです。それならいっそどこかの権力者の庇護下に入り、信長に近づくというのはどうでしょう」
「いい案だと思うよ! でも結構危ないね。リコさんに危険が及びそうになったら、あたしは敵を全部やっつけちゃうけどそれでいいかな」
「で、できるだけ穏便にお願いします!」
そして私とグレンさんは一人の武将と出会った。
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