第14話 『悪役令嬢症候群』結




「話が違うじゃないですかっ! 王子を落としたら玉の輿に乗れるって言ってたじゃないですかっ!」

「その王子を落とせなかったんだから仕方ないだろう。シンデレラの魔法は十二時を回ると解けるものなのさ」


 結局あの後、王子様は全裸のまま部屋を飛び出していったところを大勢の来賓に見られてしまい、大恥をかき、無期限の謹慎処分となった。ついでに悪役令嬢との婚約中にヒロインを口説いていたことも私に手を出そうとしたことも公になって王子の評判は地に落ち、王位継承順位を大きく落とされ、おそらくこの先王位につくことは絶望的になってしまった。


 私は王子に「頼むからこれ以上私に関わらないでくれ」と泣きながら懇願されてしまった。


「先生のせいですよっ! 王子の私を見る目が完全に怯えてましたからね。薄々感じてたんですけど、先生は加減ってものを知らないんですか」

「あ、あれは君が痛くしないでほしいって言ったから医術で守っただけじゃないか。中途半端な強化だったら痛い思いをしたのは君の方だったんだぞ」

「デコピンで人間を吹き飛ばすほどの強化はやりすぎですよっ!」


 悪役令嬢とヒロインはどうなったかというと、なんと、あの王子をまだ取り合っているらしい。

 あの王子はもう王位につけないというのに。

 しかも悪役令嬢のアイリス様は側近のカールとの関係も裏で続けているらしい。

 さすがは悪役令嬢。たくましい。

 ちなみに、先生の治療によってヒロインの傷も王子の傷もなかったことになっている。その御蔭で悪役令嬢の罪も問われずに済んだ。


「女のプライドというのは厄介なものだな。まさか王子との心中を図るとは。だが、今回の悪役令嬢症候群の治療は完了と言っていい。予定とは少々違う形になってしまったが……患者を救うことが出来て本当に良かった」


 先生が言うには王子が失脚したので命を奪われるようなイベントも発生しないし、国を立て直したり、政治に絡むこともなくなり、悪役令嬢症候群の症状は完全になくなったんだそうだ。

 本来は悪役令嬢症候群が発症した場合、国が傾くこともあるという。

 結果としてはその心配がなくなったわけだけど。


 ――はぁ……玉の輿まで、あと一歩だったのになぁ


 あのまま王子と最後までしていればもしかすれば違う結末を迎えられたのかもしれない、なんて考えたりもする。

 だけど、先生の力で身分を得て、王子に近づいただけに過ぎない私があのまま王子様と結婚できたとしてもうまくいくわけはない。それくらいはわかっていた。一時の夢。舞踏会の間だけの一二時の鐘がなるまでの短い夢。

 

 ――でも、せめて大貴族の一人くらいと連絡先を交換しておきたかったなあ。私に好意を寄せてくれてた男性もいっぱいいたのに


 私が落ち込んでいる様子を見て気にしたのか、先生が声をかけてきた。


「リコくん、今回の君の活躍には驚かされたよ。お疲れ様だったね。君は本当に優秀な助手だ。その……ありがとう」

「いえ、そんな……」


 先生が上目遣いで言う「ありがとう」は喉の奥から心臓のあたりまでが締め付けられるほどかわいかった。これで私の心臓が止まっても先生はきちんと蘇生してくれるのかしら。


 これまで張り詰めていた緊張が一気に解けたのと、殺人的な先生の可愛さに油断したのか私の目から涙がこぼれた。


「泣いているのかい? そんなに大変な思いをさせてしまったんだね、その、すまなかったね……君に危害が及ぶようなことだけは絶対に起きないようには全力で注意を払っていたんだが……」

 先生はすごく落ち込んだような表情を見せる。それもかわいい。


 ――先生は先生なりに私のことを大切には思ってくれてるのね


「これは違います。緊張が溶けて安心したらこぼれちゃったっていうか」

「そうなのかい? その……君がいてくれて本当に助かっているんだ。ボクはこんなだし、助手を雇ったのは初めてだし、君には大変な思いをさせてしまったし。できればこれからもボクを手伝ってくれるとうれしいのだけど」

 そう言って私を見上げる先生。今度は大きな目に光をいっぱいに反射して、すごくかわいい。


 ――先生は私のことを必要としてくれてるんだ


 想像と違って激しい肉体労働ばかりの職場。特殊な症例ばかりを研究する先生の助手は学園首席じゃないと務まらないというのは間違いだ。学園首席だった私でも全く務まると思えない。

 私はこんな見た目と勉強が人より少しできることもあって女子とはあまり仲良くなく、男子からはいやらしい目で見られることが多かった。自然、私は勉強ばかりの学園生活を送ることとなった結果、学園首席になってしまったのだった。

 そんな私にとって「必要としてもらえる」という言葉はちょっとした反則技なのだ。これで相手が男の人だったら私は簡単に落ちてしまったと思う。

 だって今少女相手に言われただけでこんなにうれしいのだから。

 もう一筋の溢れた涙を頬で感じながら私は答えた。


「もちろんですよっ! 私は先生の助手なんですからっ!」

 

 先生は色素の薄い髪が見えなくなるんじゃないかと言うほどに顔を輝かせた。

「そうか! それはとっても嬉しいよ! 君に手伝ってもらって試してみたい治療法がまだ他にもいくつもあるんだ!」

「え!? やっぱりちょっと考えさせてもらってもいいですか?」

 先生はもう聞いていなかった。

「よーし、今夜はウチで飲もう! 朝まで男性の生理現象について語ろうじゃないか! 王子のモノを間近で見た感想なんかも聞かせてほしいんだ!」

「ええええっ!?」

 忘れていたのにまたあの王子様の王子様を思い出してしまった。おっきいときとちっさいときのと同時に脳内に記憶再生された。


 ――先生のおかげというか先生のせいというか


 王子様の王子様をみることなんて、たぶん私の一生では本来、絶対にあり得ないことだと思う。

 そう考えると、大変なこともたくさんあるけど、先生といるととんでもない体験もできたりして、私は楽しかったみたいだ。

 先生はちょっと変わってるけど、私のことをちゃんと見てくれるし、大切にしてくれる。

 それに今の私には舞踏会よりも先生とのパジャマパーティーの方が合ってると思った。


「わかりました。今日はとことん話しましょうっ! 女同士で! 朝まで!」





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