第13話 『悪役令嬢症候群』7
「あの、ふたりともさっきから子どもとか寝るとか何の話?」
ヒロインが私達の会話について来れず、カマトト発言を挟んでくる。
こっちはそれどころじゃない。一歩でも気を抜けば悪役令嬢にすべてを持っていかれてしまう。いまこの純情ぶりっ子娘の相手なんてしてられない。
「暴力しか脳がない偽善女は黙っていなさい! いったい誰に口を利いていると思っているのよ平民風情が!」
「そうです! 素朴しか取り柄がないくせに出しゃばらないでください! 平民!」
私と悪役令嬢は同時にヒロインを牽制。
平民(ヒロイン)は口をパクパクさせたあと、さっきまでの愛くるしい顔からは想像できないほどに顔を歪ませて私達を睨みつけてきた。
「あんたたち、あたしにそこまで言ったからには、覚悟、できてんでしょうねぇ?」
世紀末救世主のように指を鳴らしつつ、私達にゆっくりと近づいてくるヒロイン。
腕力に物を言わせるタイプのヒロインだ。だれも手を出せなかった王子を殴りつけて「この俺に手をあげるなんて……おもしれー女」って言われる枠なんだ。
その王子はヒロインと私達にビビっていろいろと縮こまってしまっていたけれど。
――せ、先生っ! 殴られそうですっ! 私、喧嘩なんてしたことありませんっ! けんかを売った私が悪いのですが!
大丈夫だ、君がもし怪我してもすぐに跡形もなく治してやる。ボクは医者だからな)
――できれば痛い思いをしたくないんですがっ! せめて殴られても痛みがないように出来ませんかっ!?
(なるほど、わかった。任せてくれ。……君に今痛覚の麻痺と皮膚の一時的硬化の医術をかけておいた。そんな小娘のパンチなんて蚊がさした程度にしか感じないはずだ)
――ありがとうございますっ! でもそれ危ないやつとか副作用があるとかじゃないですよね?
(大丈夫だ。もとに戻せるし、後遺症はない。副作用で少しエロくなるくらいだ)
副作用が最低じゃないですか! いつもながらとんでもない力をもっている。この人の医術に不可能なことってあるんだろうか。そこらの魔法よりも万能なんですけど。
「歯を食いしばれーっ!」
ヒロインの平手打ちが容赦なく私の頬をうちつけた。のだけど、部屋には何かが折れた音が鈍くひびいた。
「い、痛―――いっ! あんた、なんて硬い顔してるのよっ!? きゃあっ指の骨がお、折れてる!?」
――先生っ!? 私にいったいどんな魔法をかけたんですか!?
(魔法じゃない、医術だ)
私をいきなり思いっきり殴りつけたヒロイン。それでいて自分の指が折れて悶え苦しむヒロイン。
その様子を王子は小さな悲鳴を上げてプルプルと震えながら見ていた。私を見る目が魔物か何かを見るような目になっている。
私は床に倒れ込んでいるヒロインの前に立って彼女を見下ろす。
「痛い痛い痛い――! あんたなんなのよ、ちょっとやめて、近寄らないで!」
私は可愛い女の子が泣きながら私の前で屈服している姿に、なぜか│興奮して《テンションがあがって》しまっていた。そんな趣味はないはずなんだけどなんなの? この高ぶりは。
「いきなり暴力だなんて、これだから平民はマナーがなってませんことねっ! でも、そうね。ここは目には目を。一発殴られた分はお返しして差し上げないといけませんわね」
私はヒロインの前にしゃがみ込む。
悲鳴を上げて泣き叫ぶ負け顔ヒロインの額に、かるくデコピンを一発入れてやった。
ほんとにかるくお仕置きしただけのつもりだったんだけど、私のデコピンはヒロインは風車のように回転させ、壁まで吹き飛ばしてしまった。
ヒロインは泡を吹きながら気絶。し、死んだ!?
――先生先生先生――――っ! なんか私の力とんでもないことになってるんですけど――!
(大丈夫だ、息はある。しかしおかしいな。君の筋力と運動神経系は通常の百倍程度活発化しただけなんだが)
百倍!? なんてことしてくれるんですか。デコピンにしておいてよかった。もしビンタなんてしたたら殺してしまっていたかも。
でも、暴力ヒロインはこれで轟沈。
あとは私と悪役令嬢との一騎打ち。
悪役令嬢の方はさすがの根性だ。ヒロインが泡を吹いて倒れたのを目の当たりにしても、まだ闘志は消えておらずこちらに強い視線を向けている。
手は震えていたけどね。
「わ、私は野蛮な暴力などには屈しませんわよ。私はダンデリオン公爵家の令嬢。そして王子の婚約者! や、やれるものならやってみなさいよ、この白豚!」
ヒロインの場合は先に手を出したのは向こうだし、私もちょっとしたお仕置きのつもりでやり返した。結果としてひどいことにはなってしまったけれど。
暴力には暴力で対抗すればいいけど。いやよくないけど。
悪役令嬢の方は手を出してきたわけじゃないし、相手が手を出してない以上は力でねじ伏せる訳にはいかない。
ここは論戦でねじ伏せる必要がある。でもなあ、私口喧嘩とか苦手なんだよなあ。
――でもさ、この人、さっきから人のこと豚だの体がどうのって、ずいぶん失礼ですね
だんだん腹が立ってきた私は思い切って足に力を込めた。
「ふ、ふーんだ。婚約者って言ったって『元』婚約者じゃないですか。私はハートリング公爵家の娘。あなたと同じ公爵令嬢ですわ。婚約破棄されたあなたとは身分は対等ですわっ。それに、カラダカラダって、このおっぱいがうらやましいのではなくてっ? ずいぶんと寂しい胸元をされてますものね?」
「な、なんですって……! 黙って聞いていれば好き放題言ってくれますわね!」
いえ、まったく黙って聞いてはいませんでした。
「胸が小さい? それがどうしたというのかしら。それこそ、私の最も魅力的な部分と言っていいわ。私は知性と洗練に満ちた存在。胸のサイズなんて、私の存在感の前ではなんの影響もありませんわ。でも、あなたのその無駄に大きくぶらさがった胸は下品で目立ちたがり屋のあなたそのものと言っていいわね。でも、あなたが私の美しさに羨望を抱くのは、仕方がないことだとも言えるわ。同情してあげないこともないわね。ぜひあなたは自分のコンプレックスを私に投影する前に、自身の劣等感に向き合った方がいいかもしれませんわね!」
悪役令嬢は勝ち誇ったようにない胸を張った。可愛らしい虚勢だ。でも。
――先生に言われても腹が立たなかったけど、なぜかこの人にカラダのことを言われると無性に腹が立ちます
(おい待て。なぜボクに言われても腹が立たないんだ? まさか君、ボクのことを自分より下に――)
「あらあら強がらなくてもいいんですよ。あなたの胸はこーんなに慎ましいのに態度は呆れるほど大きいですわね。胸が小さいと器も小さくなるっていう良い証拠なのではなくて? この豊満な胸が私の優しさと包容力を表現しているということがよくわかったんじゃないかしら。そんな少し太った中年のおじさまといい勝負ができそうなバストサイズでは王子様を満足させるのもさぞ大変だったでしょう。その大変さを思うと私は涙がこぼれそうになりますわ」
私はいきいきした目を輝かせて言い返す。
「い、言ってくれるじゃない。胸の大きさだけでそこまで増長できるのとは一種の才能ね。その卑しいカラダでさぞたくさんの欲にまみれた男共の相手をしてきたのでしょう。私のような一途な乙女にはとても真似ができそうにありませんわ」
「そうでしょうそうでしょう。あなたにはとてもじゃないですが無理ですよ。なので、ここは王子様のお相手は私に任せてお下がりになられてはいかがですか? あなたのような貧相なカラダにこそそこらの欲にまみれた殿方がお似合いかと」
公爵令嬢は何かを言い返そうとして、黙った。
これは勝ったかと思ったら、また言い返してくる。
「わ、私はすでに王子の周りの側近たちとの信頼関係だってあるんですのよ。王宮で暮らしていく以上、周りからの信頼と尊敬がなくては王子の婚約者は務まりませんわ。ぽっと出のカラダと家柄だけが取り柄のあなたが私に勝てると思ってるのかしらね?」
「だから『元』婚約者でしょ。そっちこそ、ど――せそのイケメンの側近たちともラブハプニング起こしているんじゃないですかぁ!? そういえば舞踏会では長髪イケメン、短髪スポーツマン、笑顔満開ショタと甘口から激辛まで揃ってましたもんねぇ!? あんなのに囲まれて何もなかったって本当ですかぁ? 調べちゃいますけどいいんですかぁ?」
「か、勝手にすればいいじゃない。私は王子様一筋の清いカラダよ。誰とでもかまわず寝るあんたなんかと一緒にしないで!」
(リコくん、今の発言は嘘だ。血圧・脈拍共に変化ありだ)
――先生、ナイスアシストですっ!
「嘘つきなさいっ! ですわ! でしたら確認してあげますわよ。そのイケメン側近たちをここに連れてきてあげます。みなさんがあなたのことをどのように思っているか。私がしっかり確認してあげましょうか!」
結局王子はずっとシーツで股間を隠したままブルブル震えているだけだった。
王子といってもこんなものなのか、とさらに幻滅。
悪役令嬢は露骨に態度が変わって焦りだしていた。
「ちょ、ちょっとそれはやめなさいよ。シャレにならないわよ。みんなにも迷惑がかかるし……。 や、やめた方がいいわよ! そうよ。やめるべきだわ!」
急にトーンダウンし、もじもじし始めた悪役令嬢。
(リコくん! 悪役令嬢の心拍・血圧・体温が急上昇中だ! いけるぞ、たたみこめ!)
――了解ですっ!
「あーら、王子様一筋ならなにも問題ないはずですわよね? まさかその中のひとりとすでに恋仲になっているとかじゃありませんのっ!?」
(ビンゴだ! 血圧280mmhgを突破! 脳内にノルアドレナリンとドーパミンの大量分泌も確認した!)
「お、おまえ、まさかカールと? あのとき抱き合っていたのは貧血になったところを支えられただけでなんでもないと言っていたのは嘘だったのか?」
王子様もよくそんな嘘を信じたものだ。
王子様が動揺しつつ股間を隠すことも忘れて公爵令嬢の方へ近寄ろうとする。
王子様の王子様がなぜか元気を取り戻しつつある。なんでこの状況に興奮してるのこの人!?
「きゃあっ! ち、違います! も、妄言です! でたらめです! この白豚娘――――っ! こうなったら、こうなったらもう仕方がありませんわ!」
何に使うつもりだったのか、公爵令嬢は懐から細身のナイフを取り出した。追い詰められてついに馬脚を現した。てか、王宮の警備は一体どうなっているの!?
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
半裸の私と全裸の王子様は同時に悲鳴を上げる。
公爵令嬢の目はいっちゃってる。本気で刺すつもりだ。
(クライマックスだな! 落ち着けリコくん。君の表皮にも強化がかかっているからそんなナイフの突きなど、爪楊枝で突かれた程度にしかならないだろう。万が一怪我してもすぐに治してやるから安心しろ)
――そ、そうですか! じゃあ、ここで私が刺されれば悪役令嬢ももう立ち直れないでしょうし、これは勝ちましたね、勝ったんですね私! 先生、これで王子様は私のものですよね!
だけど、悪役令嬢が心中相手に選んだのは、王子の方だった。
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