第12話 『悪役令嬢症候群』6


 私が王子と逢引部屋に入ってから、数十分が経過した頃だった。扉が開かれる音が聞こえ、そこにはなんと、ヒロインと悪役令嬢の二人の姿があった。二人とも顔には怒りを浮かべていた。


 (二人同時にくるとはさすがは悪役令嬢症候群だ。これは手間が省けた! さっそく王子を起こすぞ。この状況でなんと言い訳するのか楽しみだな!)


 ――めちゃくちゃ修羅場確定じゃないですかっ! これ、王子様の方が心配になるんですけど!?


「う、うーん。私はいつの間に眠ってしまったんだ、こ、これは一体どういう状況なのだ?」

 安い演劇のワンシーンようなセリフを吐いて、全裸の王子様が目を覚ました目の前には半裸の私。

 そして、ベッドの脇に駆け寄ってきたヒロインと悪役令嬢。

 言い訳のしようのない完璧な事後シチュエーション。


 修羅場スタートだ。




「ちょっと! あんた一体何者よ!? 婚約済みの王子を誘惑するなんて一体どういうつもり!? 殺されも文句は言えないわよ!!」と言うのは悪役令嬢。すごく怒ってる。いや、焦ってる? そして攻撃先は私なのね。裸の王子様ではなく。

「え? でもさっき婚約破棄されたんじゃ……」

 私がついポロっと反論すると悪役令嬢はさらに目に殺意を込めて視線で殺すつもりかのように睨みつけてきた。


「なんて無礼な! 私を誰だと思っているの。私はアイリス・ド・ラ・ダンデリオン。ダンデリオン公爵家の令嬢よ。あなた一体どこの娼婦よ。そんなはしたない格好をしてみっともない!」

 すごい迫力とオーラ。思はず気圧されそうになる。さすがは公爵令嬢様。

「わっ、私はリコ・ハートリングと……申しますわ」 

「ハートリング? ハートリング家なんて聞いたこともないわ! どうせそのだらしのない体で王子を誘惑したのでしょう。まるで豚ね! この泥棒豚! とっととここから出ていきなさい!」


「すっすみませんっ!」

 私が悪役令嬢の気迫に押され、慌ててベッドから降りようとすると、シーツを引っ掛けてしまい、ずっこけてしまった。

 その拍子に今まで王子様の王子様を隠していたシーツまで剥がしてしまい王子様の王子様がこんにちはしてしまった。しかもすごく元気な状態で。


「きゃああ――――っ!!!」


 私を含め三人共の悲鳴と、さらに私の脳内に興奮する先生の歓喜の声が響いた。

 悲鳴を上げつつも、全員の視線は王子様の王子様に釘付けだった。


 お母さん。私が初めてみた元気な………はまさかの王子様のものでした。ちょっと怖かったです。


 ――あ、あんなものが私……に……? 物理的に無理じゃないの!?


「で、殿下! 前を、お、お隠しください!」

 王子は慌ててシーツをかき集めて股間を隠す。その姿は私の思い描いていた白馬の王子様とはかけ離れていた。


 (あれが陰茎海綿体が血液で満たされると緊満硬直する生理現象。つまりは勃起だな!)


 ――ぼ……!


(資料では山ほど見てきたが実物は初めて見たよ。本当に大きくなるんだな。女の体にはあそこまで巨大化する器官などないから驚くばかりだ。推定膨張率は約三倍程度。なるほど資料にあった通りだな。さすがはプレイボーイで名高い王子だ。なかなか元気がいい。くそ、できればスケッチもとっておきたかったところだったな。しかし、まさかシーツの中でそんな策略をめぐらせていたなんて、さすが彼氏がいただけのことはあるなリコくん!)


 ――すみませんすみませんすみません! せっかくだから、ちょっとだけ触っただけです。ほんの少しつついただけなんです!


(その話は後で詳しく聞く。今は目の前の問題を対処しよう。先程も言ったがリコくん、君は今は公爵令嬢なんだ。家柄で気後れする必要はないぞ)


 ――そうだった。私は今は公爵令嬢。悪役令嬢ことアイリス様とは同格なんだった


「王子! 急にいなくなったから心配したんだよ! お休みになってたんだね。無事でよかった。またどこかの刺客に命を狙われたのかとおもったじゃないか。なんだか調子悪そうだけど、気分は大丈夫? ところでどうして裸なの?」

 と言うのはヒロイン。


「なるほどヒロインは先生の言う「おぼこ少女」ってわけね。この状況を見てもまだそんな悠長なこと言ってるなんて暢気すぎるにも程があるし……。そして言葉遣いにも貴族らしい気品がないし、王子にタメ口っていう常識の無さを武器にゲテモノ枠で王子様を落としたということね……」

「な、なんなんだよあなたは! ゲテモノだって!? いきなり失礼な! ぶん殴るよ!」

 ヒロインが叫びながら私を睨みつけてくる。いや、もう殴ろうとしてる。暴力系ヒロインだ。


 ――しまった! 先生との念話のし過ぎで考えていることをそのまま口に出しちゃったっ!


(いいぞリコくん! 君は最高だ! 想像以上だ! 悪役令嬢もヒロインも血圧の急激な上昇が確認できている。かなり効いているぞ!)


 ――せ、先生ぇ! 助けてくださいっ 私こういう女子同士の口喧嘩とかで今まで一度も勝ったことないんですっ!


(大丈夫だ。君の武器を使え。君の武器はなんだ? その王子すらも秒殺した君の武器は!)


 ――このいやらしい体です! って、何言わせるんですかっ!


 でも、言われてみれば。

 私を殺さんばかりに睨みつけてくる悪役令嬢のカラダも暴力系ヒロインのカラダも私に比べるとずいぶんと控え目ではあった。先生よりは全然あるけど。


(うるさいな!)


 ――カラダなら、私、誰にも負けてないかも!


「ふ、ふん。あなたたちに魅力がなかったから王子様は私を選んだだけの話では? あなたたちの体ではご満足させてあげられなかったということじゃないかしらっ!?」


 私なりに頑張って公爵令嬢たちに言い返してみた。

 公爵令嬢は赤い顔をさらに紅潮させて飛びかからんばかりの勢いで言い返してくる。


「なんですってぇ――っ! 私と王子はこれから王宮の裏切り者を炙り出したり、貧しい人を助けたりして民衆からの指示も集めつつ絆を深めて、それから満を持して愛し合う予定になっているんだから! 出会ってすぐ寝たあんたなんてただの遊びにすぎないわよ! そうよ、こんなの浮気のうちにすら入らないわね!」

 そういうことになっているって言われても。今はまだそうなってないなら意味がないのではないだろうか。

 でも先生の言う通り、アイリス様は先のことを知っているんだ。悪役令嬢症候群なんだ。


(負けるなリコくん。先に妊娠すればこちらの勝ちだと言ってやれ!)


 ――わ、わかりましたっ!


「あ、遊びでもなんでも結構よっ! 子どもさえできてしまえばコチラものですわっ! 王子様は私のカラダを大変気に入ってくださったようですし、時間の問題ですわよっ!」

 先生が念話でアドバイスをくれる通りにがんばって反論するんだけど、なんだかこれ、私のほうが悪役令嬢みたいになってやしませんか?

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