第10話 『悪役令嬢症候群』4

 男性陣の賛美称賛を軽く受け流しつつ、私は本命の王子様のもとへ歩み寄った。その王子様はついさっき婚約破棄をしたばかりだというのに、もう隣に次の女性を侍らしていた。

 なんかさっきの悪役令嬢に比べるとちょっと地味な印象の女性だった。


(あれがヒロインだ。出身は……データがないな。貴族ではないことは確かだ。過去の症例からするとこのヒロインは他の世界からやってきた異世界人で、貴族のマナーなど何も知らないが庶民にも別け隔てなく優しくて、性根は真っすぐで曲がったことが嫌いで、問題解決のためには自分自身を犠牲にすることもいとわない勇気を持っているくせに、恋愛にはやたらと奥手で、肝心な相手の本心にはいつまでも気づかない絶望的に鈍感な上に、しょっちゅう気持ちのすれ違いを起こしていつも怒っているように見えて、実はいつも男のことを気にかけている女の子の可能性が高い。気をつけろ)


 脳内にいつもの早口が響く。内容もいつも通り先生の一方的な見解。


「い、意味分かんないですよっ! そんなのどうやって気をつければいいんですかっ!」

 そのヒロインの女の子は悪役令嬢ほどのオーラがあるわけでもなく特別な美人でもない。だけど素朴な可愛さというか健康的な魅力がある。


 そうですね……ヒロインは黒いショートカットをドレスに合わせて無理矢理アップにしていていかにも普段はこんな格好をしたことがないけど「パーティーに出るのだから綺麗にしないとだめですよ」とか侍女に言われて「えー別にあたしはいつもどおりでいいのに」とか言いつつまんざらでもなくドレスを着させられて「ほらやっぱりよくお似合いですよ。他の姫君にも負けていません!」とか言われて「そうかなあ。これなら王子もあたしのこと少しは……ってないない。あたしなんかがいくら着飾ったって……」なんて言いつつ王子の前に恥ずかしそうに出てきて「ど、どうかな?」なんて言っちゃって、いつもの動きやすさ重視の服装とのギャップに王子様もメロメロになってしまったんだけど「ふん、普段からそれくらいちゃんとした服を身に着けていろ」なんて明らかに照れ隠しっぽく言われたのに鈍感で気づかないヒロインが「どうせ私はかわいくないですよ! ふんだ!」みたいなやりとりがあった感じがしますね。


(な、長いな。だが、わかる。すごくわかるぞ。少なくともボクにはきちんと伝わっている。まさに王子のような高貴な人間相手でも物怖じせずに、悪いことは悪い、間違っていることは間違っているとはっきり言える「おもしれー女」的な魅力で王子を落としたという感じがするな!)


 先生の言っていることがわかる私も私だ。先生は私の好きな作品を履修済みな気がする。だとしたら先生って実はけっこうな少女趣味なんじゃなかろうか。

 そうこうしているうちに王子の声が聞き取れるくらいまで接近した。



「先生、目標まで距離あと十です。このあとはどうしますか」


(決まってるだろう。そのカラダを使って王子の気を引くんだ。君に他になにか取り柄でもあるのか?)


「ひ、ひどい! ありますよ取り柄くらい。……料理は得意です」


(バカか君は。相手は王子だぞ。国一番のシェフたちが最高級の料理を毎日用意しているんだからそんな特技が役に立つわけがないだろう)


「甘いですね先生。そんな高級料理ばかり食べているからこそ、なんでもない家庭料理を食べたときに『こんなの初めて食べたぜ。いつも食ってる料理より……うまーい!』ってなるんじゃないですか」


 (それは――――確かにあるな。いわゆる『庶民料理むしろ美味しい症候群』か。興味はあるが、今は時間がない。料理なんて作ってる暇はないから手っ取り早くカラダで落とすんだ)


「だから、体で落とすってどうやるんですかっ!」


(その無駄に大きく垂れ下がった脂肪の塊は飾りか?)


「た、垂れてませんよ! まだそんなには!」



(おぼこい御令嬢のおままごとに付き合ってやる必要はない。ここは大人の恋愛というものを見せてやれ。彼氏持ちだったんだろう?)


「おぼこいって……無理ですよ。私だって、その、しょ、処女なんですから」


(なんだって!? 処女!? そんな男好きするいやらしいカラダをしておいてバージンだって!? 顔もそれなりでどことなく気品のある雰囲気をもち世間知らずのようでいて男への興味は人一倍。なのに押しには弱く言い寄られると嫌とはいえない性格の持ち主でよくこれまで貞操を守り続けることができたな)


「よ、余計なお世話ですっ!」


(一体何のために胸部に2500mg超の脂肪を二つもぶら下げて生きてきたんだ。リコ真珠きょにゅうとはまさにこのことだな)


「例えるならせめて猫に小判とかにしてくださいよっ! そういう先生はケーケンあるんですかっ!? 確か男性とお付き合いしたことないって言ってましたよねっ!?」


(性交渉の経験か? 確かにボクは性交渉の経験はない。だが、ボクは医者だ。男性の人体構造は完っ璧に把握してある。当然生理現象も精神神経分野も全て網羅した。男性がどういうメカニズムで興奮し身体に変化を及ぼすのか、性交症の知識に関しては経験者以上に十分にあると断言できる。さらにあらゆるケースに備えてしっかりと予習もしてある。ボクならいつでもどこでも準備万端だ)


「ただのむっつりスケベじゃないですか! 辞書でエッチな単語を調べて喜んでる子どもですかっ! でもその話はその話で興味が無いわけではないので続きはまた聞かせてください」



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