第8話 『悪役令嬢症候群』2


「無理です無理です無理ですっ! 絶対に無理です―――っ!!」

「うるさい! じっとしてるんだ。ブラジャーが外しにくいだろ!」


 先生は私に硬化の魔法……じゃなくて医療技術? を使って体の自由を奪い、無理矢理服を脱がせてきた。魔法なのか痺れ薬なのかわからないけれど私は指一本動かせない。

 これってもう犯罪ですよね!? 


「よーしいい子だ。ホック付きのブラジャーなんて大層なものを付けてるから少々手間取ってしまったが……その黒いドレス、よく似合ってるぞ。さっき会場全ての衣装をチェックしたが黒いドレスを着ているやつは一人もいなかったからな。ひひひひ、これは目立つぞぉ――!」

 悪い魔女のような笑い方の先生は私に無理やりど派手な黒いドレスを着せ、髪の毛をアップにして、これまた城が買えそうなほど高そうな大きな宝石ジュエリーをつけられたところでようやく硬化を解いてくれた。


 やっと開放されたと思ったら先生は

「君、意外とおっぱい大きいな……。なら、胸元はもうすこし開いておくとしようか」と言って、なにかの力でドレスの胸元を変形させ、胸元どころかおへそのあたりまで大きく開いた形になる。

 ノーブラなので横から胸の形がはっきりと見えてしまっている。


「ひぃぃぃぃぃぃ! 胸も背中も丸見えで、これじゃあまるで痴女ですよっ!」

 私は悲鳴をあげる。

「これがいいんじゃないか! 目立ってなんぼの世界なんだ。君だってさっきは皇子たちに声をかけたいみたいなことを言っていたじゃないか」

「そ、それはそうですけどっ! こういう注目のされ方はちょっと違うといいますか……」

 先生はさらにまじまじと私のドレス姿を見ながら「うん、完璧だな」とつぶやいた。


「しかし、美しいな」

 美しい……

「どこからどう見ても大貴族のご令嬢だ。うん、思っていた通り素材がいいんだな」

 素材がいい……

「美しさならあの悪役令嬢にも引けをとらないぞ」

 悪役令嬢より美しい……

 なんだかどんどんその気にさせられていく自分がわかるのに、嬉しくて顔がにやけてしまう。

「さすがリコくんだな!」

 先生は太陽のようにまぶしい、屈託のない笑顔で私を見上げながら言った。

「え、そ、そうですか? でへへへへ」

 私は先生に落とされてしまった。

 やっぱり先生がこの役をやったほうがいいのでは。




 私だって褒められて悪い気はしない。

 恐る恐る鏡に映る自分を見てみた。

 露出はちょっとやりすぎなものの自分でも見とれてしまうくらいにはなかなかいい仕上がりだ。こんな大胆で高級なドレスなんて着たの初めてだったし。そもそも普段こんなに露出が多い服なんて絶対に着ないし。

 

 先生がいることを忘れ鏡に写った自分でポーズを取っていると

「それとね、今の君は本物の公爵令嬢だ。さっき、ルイ国王陛下に頼んでおいたんだ」と、先生が業務連絡をするように告げてきた。

 「はイ?」先生がまた意味のわからないことを言うので声が裏返る。

「君の実家のハートリング家は公爵の爵位を与えられた。だから誰にも遠慮することはないぞ。自信を持って王子を口説いてこい!」

 うちの家が公爵家になった? 

 国王に頼んだ?

 何を言っているのこの人。

 どれだけの権力を持ってるの先生は。

 この時背筋が寒くなるのを感じたのは背中が開いているせいだけじゃなかったと思う。


 頭が冷えて我に返った私は

「で、でも公爵令嬢になったって無理ですよ。私、男の人を落とす自信なんてありません」

「君は彼氏がいたと言っていたじゃないか。ボクなんかより遥かに適任だよ」

「だからその彼氏に振られたばっかりなんですってば。そんなに恋愛経験豊富なわけじゃないですし、それに相手は王子様ですよね!? 絶対に無理ですよっ!!」

 無駄だとはわかっていたけれど私は抵抗を試みる。

 先生は私の必死の抗議を子どもの駄々をあやす親のようにうんうんと言いながら聞く。

 全然まともに聞いてくれてない。


「大丈夫だよ、絶対おもしろいことになる。なんせ悪役令嬢はヒロインに勝てばハッピーエンドになると思いこんでいるからな。そこへまさかの新しい刺客の登場だ。こんなおもしろい展開があるだろうか!」

「おもしろがってどうするんですかっ! ち、治療は!? 悪役令嬢症候群の治療法は確立されてるんですよね!?」

「これが治療だよ。荒療治ってやつだ。一度試してみたかったんだ」

「私で試さないでください!」

「心配するな。何かあれば適宜ボクがサポートする。君は好きなように振る舞っていればそれでいい。君の仕事は悪役令嬢のシナリオをかき乱すことだ。君が出ていくだけですでに目的は達成されているようなものだし、なんなら王子を口説き落とせれば玉の輿も狙えるぞ!」


 玉の輿という言葉が私の心を鷲掴みにした。

 女の子なら誰だって大好きな言葉。

 年頃女子の好きなものランキング圧倒的第一位の言葉。

「ほ、本当ですか……? 私にもワンチャンありますかね!?」

「本当さ! 君のその美しさなら、ワンチャンどころかニャンチャンでもある! さあ行きたまえ! しっちゃかめっちゃかにかきまわしてドロドロの三角関係をつくってくるんだ!」


 こうなったら腹をくくるしかない。どうせ先生に話は通じない。

 私ははっきり言って王子様よりも、国王陛下よりも、なによりも、目の前の先生のほうが圧倒的に恐ろしい。先生に逆らうくらいなら言う通りにしてしまったほうが何倍も楽なくらいだ。

 逆に、先生なら何かあってもきっと助けてくれるという謎の安心感もあった。

 それに、やっぱり玉の輿は魅力的だし……。

 やってみるだけやってみるのもいいよね。


「わ、わかりました。もう、どうなっても知りませんからねっ! リコ=ハートリング。一世一代の大勝負。行ってきます!」

「よく言った! それでは、治療を始めよう!」

 いつの間にか白衣を羽織った先生は、これまでに私が見てきた中でもとびきりの笑顔で治療開始宣言した。





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