第3話 『追放症候群』2



「ようやくゆっくりと話ができそうだな!」

 そういって小さな胸を張り両手を腰に当て満足そうな先生の前には、腕に剣を持ったまま腕が動かせないロックさん、まだすやすやと眠っているアリシャさん、下着姿のままうずくまったままのセリヌンさん、完全に戦意を消失して放心しているシャルロットさんがソファーに並んで座らされていた。

 ちょっと間を空けたところにポツンと一人レビンさんが突っ立っている。

 そしてその様子をひたすらメモする私。

 何だこの地獄絵図は。 


「ふむ。では診断を続けよう」

 そう言うと、先生はくるりと振り返り私に向かって言った。

「これは『追放症候群』で診断確定だ!」

 今回の症候群の名前も当然聞いたことがないものだ。たぶん資料にはどこにも乗っていない。


「せ、先生。私、初めて聞く名前の症候群なのですが、それは、その、危険なものなのですか?」

 あまりに緊張感のない名前なので。

「もちろんだ! これは放っておくと命を落としかねない大変危険な症候群だ。手遅れにならないためにも早期の治療が肝心だ。おい、君たちも一緒に聞きたまえ、この症候群について詳しく説明してあげよう」

 先生は皆さんの方へ向き直る。だけど誰一人動けない。全部先生の仕業だけど。


「『追放症候群』は強力なパーティでよく発症する症候群だ。勇者パーティ、英雄パーティ、Sランクパーティなどで発症例が多い。まず、一見なんの役にも立っていなさそうなメンバーが残りのメンバーに「役立たず」とかなんとか言われて追放されてしまうのだが、実はその追放されたメンバーこそがパーティの重要な役割を担っていたんだ」

 いつの間にか白衣をまとった先生はすごい早口で説明していく。

 先生の声は子どもっぽい声だけど、とても聞き取りやすい。説明には難しい言葉も少ないのに、言っている意味がほとんど理解できないのがある意味すごい。


「追放した側は後になってその事に気づくが、もう手遅れだ。その後はもうひどい目にあったり、場合によっては追放したメンバーによって復讐されてしまうなんてことも起きる。『追放症候群』は、まるで追放されたメンバーが後悔することを目的としているかのような症候群だね」

 先生の説明は、話だけを聞いていると、先生が勝手に決めつけているだけに思える。まるで未来を見てきたかのように断定口調で話す。


「おい、待ってくれ。じゃあなにか? │こいつ《レビン》が実は俺たちのパーティにとって重要だったとでも言いたいのか? 盗賊だぞ? 俺たち上級職とは全然釣り合ってないじゃないか」

 ロックさんはカラダを動かせないまま質問する。

 でも、失礼だとは思うんだけど、実は私も感じていた。

 レビンさんはこの伝説級の英雄パーティには正直釣り合っていないんじゃないかと。

 だけど先生は「もちろんだ。間違いなくレビンくんこそがこのパーティの要だ。それも説明しよう」

と即答し、つかつかとロックさんの前に歩いていくと、ロックさんの剣を取り上げた。ロックさんは「あっ!」と声を上げたけど神経を切られているせいで躰が動かせない。


「この剣は……希少な金属オリハルコンで作られたものだな。遠くの国ではエクスカリバーなどと呼ばれることもある最上級の剣だ。これはどこで手に入れたのかな?」

「それは……岩に突き刺さっていて誰も引き抜くことが出来なかった伝説の剣なんだが、レビンのやつがあっさりと引き抜いたんだ。だが、レビンは力が足りずに装備できなかったんで俺が装備することにしたんだ」

「ふぅん。なるほどね」

 先生はロックさんの固まったままの腕に、さっきとは逆さまに剣を戻した。そのせいでまるで切腹しようとしているような格好になってしまった。


 先生は、次に眠ったままのアリシャさんから杖を取り上げた。

「この杖はサンダーロッドだね。炎魔法適正の高い彼女にはちょっと合わないが、雷獣を倒すとごく稀に手に入るという大変貴重な杖だ。魔力を何倍にも増幅してくれるという。さっきの激流の魔法もなかなかのものだった。これを手に入れたのならば相当な数の雷獣を討伐しなければならなかっただろう?」

 眠ったままのアリシャさんの代わりにロックさんが答えた。

「いや、それはたしか最初に倒した雷獣が落としていったんだ。俺たちの力じゃ雷獣は一匹倒すのが限界だったんだ。それがそんな貴重なものだったのか」

「ふぅん。なるほどね」

 先生杖を眠り続けるアリシャさんの頭の上にバランスよく立てた。


 次に、先生は床に散らばったセリヌンさんが身につけていた光り輝く鎧を拾い上げる。

「おお、この鎧はミスリルが使われているね。細かい装飾も素晴らしい。作ったのはさぞ名のある鍛冶師だろう。買うとなれば一千万は下らないだろうね。こんな高級装備を持っているとはさすがは英雄パーティだね?」

 下着姿のままで小さくなっているセリヌンさんが答える。

「そ、それは……カジノの景品で、レビンがたまたまジャックポットを引いて手に入れることができたの。だけどレビンは盗賊だしその鎧は装備できるのは私しか居なかったのよ……」

 セリヌンさんはさっきまでとは違っておとなしい口調になっている。これが彼女の本来の話し方なのかもしれない。

「なるほどなるほど」

 先生は鎧をセリヌンさんがギリギリ手が届かないところに置いた。


 先生は最後にシャルロットさんに近づいていく。

 シャルロットさんは極端に先生を怖がり、先生が近づくと小さく悲鳴を上げて逃げ出そうとした。

 先生は素早く飛び跳ねるとあっという間にシャルロットさんを組み伏せ「嫌」「許して!」「やめて!」「お願い!」という王女の懇願も虚しくエメラルドグリーンの大きな宝石がはめられた指輪を無理やり剥ぎ取った。

 さらに泣き崩れるシャルロットさん。


 ――む、むごい


「これは祝福の指輪だね。さすがは王家の娘というだけはある。こんな伝説級の代物をもっているとはね」

「それは……それもレビンが……」

「あーはいはい。これもレビンくんね。なるほど、ね!」

 先生は指輪をシャルロットさんの方へピンッと弾いて投げ飛ばして返した。


 なんだろう。

 メモを取りながら気づいたのだけど、英雄の皆さんの装備はどれもこれもレビンさんに関わりのあるものばかりだ。


 一通り全員の武器と防具のチェックを終えて先生はロックさんたちの前に立つと、

「君たちのパーティがこれまで活躍してこれたのは、この伝説級の武器や防具、アイテムがあったおかげだ」

 と言い放った。

 誰も反論する人はいなかった。


「君たちは自分たちが英雄だからこそ、こんなレアアイテムを手に入れられてきたと思ってるんだろ?でも、それは逆だ。実際はレアアイテムを手に入れたからこそ、君たちは英雄として認められるようになったんだ。しかも、これらのアイテムが手に入ったのは、レビンくんの特殊なスキル「レアドロップ率アップ」のおかげだよ。きっと、これ以外にもレビンくんの運の強さが君たちを助けた瞬間があったんじゃないかな。そんなことを考えると、今の君たちがいるのは全て! レビンくんのおかげだったと言っても過言ではないだろう!」

 先生は手を広げ、学者が論文を発表するように熱弁を振るっていた。。


「そんなばかな! 確かに武器や防具が強力なことは認めるが、それを俺たちが使いこなすことで英雄とまで呼ばれるようになったんだ。レビンが居なくても俺たちには十分な力がある!」

 ロックさんが叫ぶ。だけど勢いよく切腹しようとしている人が叫んでいるようで、いまいち迫力にかけていた。

「何を言ってるんだ君は。ついさっき医者ごときにパーティ全員があしらわれただろうに」

 先生がそう言うと、レビンさんと昏睡中のアリシャさん以外の全員が下を向いてしまった。

 ただ、先生は医者といっても特殊過ぎる医者のような気がしてならないのだけど。医者って皆こうなの? こんな何でもできる職業だったっけ。


「そういうことだ。おそらく今まではうまく敵の弱点をつけたり、都合よく必要なアイテムが手に入ったり、敵の攻撃がなぜか致命傷にならなかったりしてきたんだろう。それはレビンくんの運の高さのおかげだ。運が悪ければちょっとしたミスですぐに全滅してしまうこともあるだろう」

 

 私はようやく先生の意味不明すぎる珍妙な行動の目的がわかってきた気がしていた。

 先生は、追放前にパーティメンバーにレビンさんの有用性を示すことで、彼を追放から救おうとしているんだ。そうなれば、ロックさんたちも苦しむことはなく、レビンさんも追放を免れることができる。

 それが今回の治療というわけか。さすがは先生。おかしな人だとばかり思っていたけど今回は素直にすごいと思った。


 そんな意気消沈してしまったロックさんたちの様子をレビンさんはどこか満足気に見下ろしていた。

 すると、先生は今度はレビンさんの方に近づいて言った。


「さて、レビンくん。君にも問題があるようだね」



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