第4話 『追放症候群』3


「え? 僕ですか? 僕がなにかしたとでも言うんですか?」

「いや、なにかしたんじゃなくて、何もしなかったのが問題なんだ」

「……どういうことですか」

 レビンさんは先生の言うことが飲み込めない様子だ。

 私はこのレビンさんってさっきからどうにも当事者意識が薄いというか、あまり話をちゃんと聞いていなかったような気がしてならない。


 先生は続ける。

「君は自分の能力のアピールが足りない! 目に見えないスキルの効果なのだからちゃんとそれを伝える努力をしなきゃだめじゃないか。これで追放されたからって復讐するなんて言うのは逆恨みも甚だしいよ」

「い、いや、僕は別に復讐するなんて一言も言ってないんですが……」

「いいやするね! ロックくんたちが困っている様子を「ざまぁ」とか言いながらストーキングしつつ、ようやく君の価値に気づいたロックくんたちが君のことをもう一度パーティに誘ってくるのをずっと待ち続けるね!」

 まずい。また先生の決めつけモードが始まった。前回の治療ときと同じだ。


「だとしても、それは僕を追放したロックたちの自業自得じゃないですかね。僕の能力を理解せず僕を追放したのだから、それなりに痛い目に遭うのは当然じゃないですか?」

 レビンさんは鼻で笑うように答えた。

「はあ? 君は何を言っているんだ」先生は呆れるように言う。「目に見えない恩恵をどうやって知るというんだよ。認識できないものはそこにないのと同じだ。そして、彼らにとっても傍から見ていても、君はこのパーティに釣り合っていないお荷物にしか見えなかったよ。よって、彼らが君を追放するという行動に出たのはなにもおかしなところはないし非常に合理的な判断だったと言えよう。むしろ自業自得は君のほうじゃないか? 自分の能力を伝えようとする努力を怠ったからこそ今回のように追放されることになったんじゃないのか?」

 せ、先生……そんな本当のことをずばりと言わなくても……もうちょっと優しく言ってあげられないものでしょうか。


「それは! 僕だって自分の能力がそんな貴重なものだったなんて知らなかったんだから仕方ないじゃないか!」

 レビンさんは先程まではどこか他人事のようにぼーっとしていたのに、痛いところを付かれたのか急に顔を真っ赤にしてムキになって言い返してきた。

 私はこういう言い合いとか喧嘩とかが苦手なので先生の後ろで小さくなっていた。


「ははははっ! 聞いたか? リコくん。これは傑作だ!」

 わ、私に振らないでぇ! 私は何も面白くはありません!

「なあ、レビンくん……レビンくん! ちゃんとボクの話を聞いてるのか? 君は。君自身ですら知らなかった能力を他人であるロックくんたちがどうやって知ることができたと言うんだよ。まさか「察しろ」とでも? まるで赤ん坊だな君は。いや、泣いて気持ちをアピールする分赤ん坊のほうがマシなくらいだな」

「なんだと……」

 レビンさんを遮って先生は続ける。

「じゃあ逆に聞こう。君はこれまでロックくんたちがどれだけ君のために頑張ってきたのか察してあげられているのかな?」


 レビンさんは不意をつかれたような顔をした。「ロックたちが、僕のために、だって?」

 レビンさんは顔を歪めて言った。

「そんなこと、一度だってなかったさ……こいつらはボクを利用するだけだったよ」

「ほーらみろ、なにも気づいていないじゃないか。何もわかってないのは君だって同じだ。君は盗賊でまともな戦闘スキルはない。にもかかわらず、雷獣との戦いや他にも数々の過酷な戦いの中で、君のようなお荷物を、彼らがどれだけ苦労して守ってきたのかわからないのかい? しかも彼らは「君の能力を知らなかった」よね。ということは、彼らは「君にレアスキルがあることも知らずにこれまで君を仲間に入れていてくれていた」ということなんだよ?」

 先生が冷たく言い放つ。

「そ、そ、それ、は……それ……」

 レビンさんは動揺が激しいようで先生の早口に対抗できなくなっている。先生は口撃の手を緩めない。

「はっきりいって彼らにとって君は全くの役立たずだったんだ。それでも見返りも求めずにこれまで世話してきたってことなんだよ。そんな彼らの恩に対してなにも感じないのかな? 感じていないよなあ! だって利用されたなんて言ってるくらいだもんな! 彼らを利用していたのは君なんじゃないのか!?」

「せ、先生っ! さすがにそれは言いすぎなのでは……」


 つい口を挟んでしまった。だって先生容赦がないんだもん。

 だけどレビンさんは更に先生に食って掛かる。もうやめて。レビンさん、あなたが先生に口で勝つのは難しいと思うの。

「でも! こいつらは僕をいつもいつも邪険に扱ってきた。ぞんざいに扱ってきた! 僕のお陰で良い思いしてきたくせに僕を邪魔者扱いして、しかも全員で僕のいないところで勝手に話し合って追放なんて決めやがって! い、陰湿だろ! 卑怯だろ! 復讐されて当然だろ!!」

 あれ? レビンさんはさっき復讐なんてしないって言ってなかったっけ。


 先生はにやりと笑みを浮かべたように見えたけどすぐに真顔に戻って言った。

「それは君の感想に過ぎないが、なるほど。いくら無能に見えたからと言っても、ひどい扱いをされていたとしたのなら、君の言うことも一理あるな。それならロックくんたちにも非があると言えよう」

 一理ある、というのは先生の口癖なのかな。ほとんどが私は一理あると思えないときに使ってらっしゃるんですけどもね。レビンさんはますます怒りを増して言う。

「そうだよ! こいつらの責任だ。こいつらが悪いんだ。僕のことを大切にしない、僕の本当の実力に気が付かない、こいつらが全部悪いんだ!」


 先生は大げさにため息を付きながら首をふって見せる。

「は――――。君ねぇ……じゃ、君はどうして彼らのパーティにいるんだ? だったらさっさと抜ければよかったじゃないか。君は自分の能力が貴重なものとは知らなかったんだろう? なら君は傍から見れば足を引っ張っているだけのお荷物と思われていても仕方ないし、君だってそれを感じていないとおかしいんじゃないのかな?」

「それは――僕のことをみんなが仲間だと思ってくれて――――」

 レビンさんは同意を求めるようにロックさんたちの方を見る。ロックさんたちの視線は悲しそうな何処か申し訳無さそうな、可愛そうな、触れてはいけない、触れたくないものを見る視線だった。

 今日一番の重い空気だった。


 ――私だったらあの視線、耐えられません……


 レビンさんは、先生の言葉に動揺しながらも、「なんでそんなこと言うんだよ!」と叫んだ。

「そうだよ、ロックたちのおかげで俺が救われたことは一度もないんだ! ただ利用されているだけだ!」と鳴き声混じりの声で吠えた。


 でも、先生は冷静だった。

「勘違いしているようだからはっきり言っておこう。ロックくんたちの責任は、君の能力に気づけなかったことじゃない。君をもっと早くに追放しなかったことだ」

 そして容赦もなかった。

「なんなら君をパーティに入れたことがそもそもの間違いだったとも言えるね。なんだかんだ優しい連中なんだろうさ。君のような使えない盗賊を上級職のパーティに入れてやったくらいだからね。君がどこか不幸そうなオーラを出していたもんだから同情心でもわいたとかそんなところじゃないか? だが君の性根が腐っていることを見抜けなかったのは彼らの落ち度だな。その点は彼らも大いに反省すべきだろう」

 ロックさんたちの方を盗み見る。

 なにか思い当たる節があるように全員が下を向いた。先生はさらに続ける。

「そして君の隠された特殊能力によってロックくんたちは英雄と呼ばれるまでになってしまった。不運にもね。君をパーティに入れさえしなければ今頃はまだそこらの下級ドラゴンでも退治しながら楽しく冒険の日々を送っていたことだろうに。逆にレベルの低い敵が相手なら君も少しは役に立てるシーンもあったかもしれないとすると、君もまあ不幸な運命だったと言えるかもしれないな。同情はしないが。ま、ともかく、君の能力のお陰で彼らは英雄になった、とも言えるが君のせいで分不相応な英雄になってしまったとも言えるってことだ」

 先生の一気に畳み掛けるような流暢な早口はレビンさんに反論の間を与えなかった。


 レビンさんは怒りの表情を浮かべ、顔から湯気が噴き出しそうだった。

「なんだよ、だったら、むしろ僕の能力が優秀過ぎて釣り合っていないということじゃないか」

「ふむ。確かにそのとおりだ。レビンくんならロックくんのパーティではなくともどこのパーティに加わってもそのレアスキルの力で英雄と呼ばれるパーティを作り上げていただろうな。だからこそ、君をパーティに加えたのが間違いだったと言ったんだ」


「くそっ、もういい! だったら僕を必要としないこんなパーティなんて願い下げだ。こっちから抜けてやるよ!」

 レビンさんのどことなく悲痛な叫びが響いたあとに部屋にはまた静寂が戻った。


 私はなんだかレビンさんが哀れに思えてならなかった。

 レビンさんはおそらくこのパーティのことが本当は気に入っていたんじゃないだろうか。仲間だと思っていたんじゃないだろうか。

 だけどロックさんたちはそうは思わなかったのだ。

 どんな事があったのかはわからない。きっと彼らにしかわからない事情ってものがあるのだ。

 その結果の「追放」処分だったんだ。


 部屋の空気はまたもやどんよりと重く澱み、私はいたたまれなくてボードにメモするふりをしていた。

 私の意味のない文字を書くカリカリ音だけが響く。


「と、いうわけで、そろそろ治療を始めようか」

 先生がまたおかしなこといい出す。

「え? 治療はもう終わったんじゃなかったんですか? レビンさんの能力は皆さんに伝えることができたわけだし、先生のせいで完全にギスギスした関係になっちゃいましたけど、そのへんはこれからみなさんが乗り越えて、より一層絆を深めてもらうってことで……」

「何を言ってるんだ? そんなことで治るわけ無いだろう。治療はここからだよ」


 ――まだ治療は終わっていない―――?




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