第3話
文化祭の準備は順調に進んだ。
大型アートから松里さんたちを救った話は瞬く間に教室に広がり、僕はクラスで一躍人気者となった。クラスからの不愉快な視線は川平さんと同じように好奇な視線へと変わっていった。
エアルの力を使い、僕は文化祭の準備に貢献することができた。木材や机運びといった力仕事はもちろんのこと、指を細くすることで細かい仕事を行ったりもした。松里さんと二人でデジタル義肢の使い道を考えたりすることもあった。その時間は僕にとって至福のひとときだった。
「これ美味しいね」
そして、文化祭当日。僕は川平さんと松里さんと3人で回ることとなった。松里さんは模擬店で売っていた鯛焼きを食べ、幸せそうな笑みを浮かべる。まるで溶けたかのように表情をトローンとさせていた。それを横目に僕はクレープをいただく。
「三浦くんのクレープいいな?」
松里さんが美味しそうに僕のクレープを見つめていた。
「それじゃあ、三浦からもらったら。少しくらい分けてあげてもいいでしょ?」
すると川平さんから思わぬ提案が飛んできた。彼女は密かに僕が松里さんに好意を抱いていることを知っていた。彼女からはできるだけ僕たちの中を邪魔しないようにアシストすると聞いていたが、意外に大胆にアシストするんだな。
「うん、よければ」
川平さんの提案に同意するように僕はクレープを松里さんに渡す。
「ありがとう! じゃあ、代わりに私の鯛焼き少し上げるね!」
そう言って、手に持った鯛焼きを丸ごと僕に渡す。千切るわけでもなく、直で行けということらしい。天然なのか、意図的なのかはわからないが、ここで下手に僕がちぎって食べるのは変だろう。
松里さんの鯛焼きを受け取ると僕もクレープをそのままの状態で彼女に渡す。松里さんは何の気なしに僕の食べていたクレープを頬張った。僕も鯛焼きをいただくこととする。先ほど松里さんが口をつけた鯛焼き。なんだか胸がドキドキする。
「どうしたの? 食べないの?」
「た、食べるよ!」
こうなれば気合だ。僕はそっと小さく鯛焼きを口にした。文化祭らしくちょっと焦げていた。しかし、味は申し分ない。そして、僕はとうとう松里さんと間接キスをしてしまったようだ。
「それだけでよかった? 私が食べたのに比べて少なかったと思うけど」
「大丈夫大丈夫」
「きっと、他にもいろいろ食べたいから少なくしといたんじゃない?」
「なるほど。確かに、屋台はたくさんあるもんね」
流石は川平さん。ナイスアシストだ。松里さんは疑問が解消したように晴れやかな表情になる。再び僕たちは互いの食べ物を交換し、頬張った。一度経験したからかクレープは特に意識することなく食べることができた。
「お、雄太じゃないか!」
3人で回っていると前から声をかけられる。見るとサングラスをつけた若い女性が僕に向けて手を振っていた。普段の白衣姿と違って、Tシャツにジーパンとラフな格好だった。そのため一瞬、誰だかわからなかった。
「神田先生、こんにちは」
「こんにちは、女子二人と文化祭回りとは雄太は案外やり手だね」
「三浦くん、この人は?」
「僕の義肢の作成とメンテナンスをしてくれている先生」
「そうだったんだ。こんにちは、松里千春です。そして、こちらが川平希ちゃんです。いつも三浦くんにはお世話になっています」
「よろしくお願いします」
「こんにちは。君が松里さんか。可愛い子だね」
「私のことを知っているんですか?」
「うん。よく話題に上がる子だからね」
「先生はどうして文化祭に来たんですか?」
このまま2人で話されると嫌な方向に話が逸れそうな気がしたので牽制する。横にいる川平さんが僕をニヤニヤしながら見ていた。牽制するにしても、無理やりすぎただろうか。声も少し震えていたし、違和感がありすぎたのだろう。
「雄太がどんな様子か見に来たのさ」
「僕をですか?」
まさか心配して来てくれたのだろうか。もしそうであったのなら、なんて嬉しいことだろう。確認したいのは山々だが、この場ではとてもじゃないが聞けない。来週のメンテナンスで聞くことにしよう。
「とは言っても、出し物周りをしてたら、すっかりハマってしまって。今の今まで完全に忘れていたけどね。ハッハッハ」
前言撤回。先ほどの嬉しさを返して欲しいものだった。
「見ている様子だと義肢はうまくフィットしているみたいだね」
「うん。問題なく動かせています。アプリの使い方もこの一ヶ月くらい障っていたら慣れてきましたし」
「そうかい。それは良かった良かった」
「キャーーーーーッ! ひったくり!」
話していると突如と女性の悲鳴が聞こえてきた。見ると一人の男性が人混みをかき分け、走っている姿が見えた。人混みは彼に道を開けるように離れていく。それもそのはずで、彼は手に刃物を持っていた。
「こりゃ、災難だね。雄太、君の出番じゃないか?」
緊急事態にも関わらず、先生は非常に落ち着いていた。先生に声をかけられた僕は頷くと松里さんにクレープを渡した。
「大丈夫?」
松里さんは心配そうな表情で僕を見る。そんな彼女に対し、凛々しい態度で「大丈夫」だと口にする。そして、僕はスマホを片手に走った。アプリを開き、筋肉の強度を上げていく。
ひったくりがかき分けた人混みを縫うように僕も全速力で走っていく。筋力がアップしたことで脚力が上昇。いつも僕が走るスピードの数倍の速さで走ることができた。中年と思われる男性との距離は見る見る近づいていく。
このままいけば校門を出る前には追いつける。そう思いながら駆けていくと、ふとひったくりがこちらを向いた。僕に感づいたというよりは後ろからやってきた人がいないか確認したのだろう。
そのため、ひったくりは僕の様子を見ると必死に足を運ばせた。しかし、たかが知れている。脚力をあげた僕に勝てるはずもない。後ろに注意を向けながらも必死に走るひったくりはやがて敵わないと察したのか再び僕の方を向くと、刃物を差し出す。
僕は構うことなくひったくりとの距離を詰めていった。刃物を向ければ観念すると思っていたひったくりは驚きのあまりスピードを緩めた。それによって、僕と彼の距離は一気に縮まっていった。
片腕を前に出すと彼の持っていた刃物を受ける。義手であるがゆえに突き刺さっても痛みは感じない。初めて神経が通っていなくていいと思った。そのままひったくりに覆いかぶさるように彼の上に乗る。
そして、もう一方の腕を掲げた。拳を握り、筋力の上がった腕で勢いよくひったくりの頬を打つ。それによって、ひったくりは意識を失ったようで手に持っていたカバンの紐をゆっくり地面に下ろした。
これで一件落着。
ほっと胸を撫で下ろすと前と同じように拍手が聞こえる。辺りを見回すと生徒と保護者、先生までもが僕に向けて拍手を送っていた。
一気に照れ臭くなった僕は思わず頭を搔く。しかし、筋力が上がっていたため頭に痛みが走った。見ると髪の毛が数本抜けていた。力の使い方には要注意だ。
一人の女性が腕に刺さった刃物に悲鳴を上げるも僕は自分が義手であることをアピールする。全く血を出さない腕にみんな引くと思ったが、それでも拍手は鳴り止まなかった。むしろ先ほどよりも音は大きくなったように思う。
ひったくりはやがて先生たちに連れられ、刃物も無事回収された。
僕はその様子を静かに見守っていた。不意に僕の肩を誰かが叩く。
「言った通りだろ。重宝される存在になれば、周りの見る目も変わる」
「先生……そうですね。まさか義肢に助けられる日が来るとは思いませんでした」
普通の体であれば、絶対にできやしないことだったろう。飛躍的に伸びる脚力も、刃物を意図的に腕に刺すことも。エアルというデジタル義肢だからこそ為し得た技だ。
「三浦くーん!」
先生と話していると松里さんと川平さんがやってくる。
「大丈夫だった?」
「うん、なんとも」
「そっか。すごくカッコ良かったよ!」
松里さんは好奇心のあふれる目で僕を見る。好きな人にカッコ良かったと言われ、僕は思わず口を手で覆った。それを見て、先生は笑う。
デジタル義肢『エアル』。最悪な人生だと嘆いていた僕を救ってくれた最先端の義肢。
僕はこれからもエアルを使って、人々を助けたい。そう強く思った。
【短編】デジタル義肢『EAL(エアル)』 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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