第2話

 EAL(エアル)。通称『Enhance Artificial Limb』。

 インターネットにつながった次世代の義肢。エアル専用のアプリケーションを自分のスマホに入れることで様々な効力を発揮できるとのこと。


 主な機能は二つ。

 一つは『筋力の増加減少』。アプリに記載された筋力の項目のバーを左右に動かすことで筋力を調整することができる。通常の筋力と増大させた筋力の2つのパターンで荷物を持つことを試してみたが、増大させた筋力の方が圧倒的に軽く感じた。


 しかし、問題なのは筋力を増加させた状態では、腰や肩への負荷が大いにかかること。それを防ぐために腰や肩に装置をはめているのだが、はめたことによって制服の内側から浮き出ており、周りがどう思っているのか気になるところである。


 もう一つは指の太さ調節だ。全部で三段階の調整が可能であり、『細』、『普』、『太』と言った形になっている。細の場合だと繊細な動きができるため使いどころは大いにありそうだが、太はまだ使いどころを発見できていない。


 神田先生からの提案でエアルを導入して一週間が経過したが、特に学校生活で変わったことはなかった。良かったこととしては、エアルの件で松里さんとお話ができたことだ。


 それ以外は特に目新しいことはなかった。クラスからの不愉快な視線は消えることはないし、普段の義手義足の時と生活習慣は変わることはなかった。ひょっとして僕は神田先生のうまい口にはめられて、実験の被験者にさせられているのではないだろうか。


「重宝される存在となるか……」


 一人ぼそっと呟きながら学校の階段を降りていく。まだ導入してから一週間しか経っていないのだ。きっとどこかで使える時が来るだろう。そう強引に自分に言い聞かせる。


 スリッパから運動靴に履き替えると外へ出た。運動靴に履き替える時に指の太さを『細』に変えると履きやすくなるかもしれない。ふと脳裏にそんなアイデアが浮かぶ。とはいえ、いちいちスマホを開いて調節するような事柄でもないので没だ。


 下校するために校門の方へと歩いていく。外では生徒たちが木材に釘を打ってつなげている姿が窺えた。彼らはおそらく文化祭で模擬店を行うクラスだろう。

 文化祭は約二週間後に控えている。僕もクラスを手伝おうと思ったが、僕がいると気を遣わせてしまうと考え、人知れず下校することにしている。


 歩いていると目の前に見知った顔を発見する。

 松里さんとクラスメイトの川平さんが話をしていた。何やら神妙な顔つきをしている。何かあったのだろうか。


 ボーッと彼女たちを見ていると、不意に突風が吹き荒れる。

 ゴンゴンと音が聞こえる。見ると二階の廊下に括り付けられていた木材の大型アートが風に煽られ猛威を奮っていた。


 僕は心の中で少し嫌な予感を抱いた。大型アートは紐のみで括られている。通常時なら問題ないだろうが、風が吹き荒れた場合、耐えることはできるのだろうか。

 スマホでエアル専用のアプリを開き、筋力の項目のバーを上げる。


 その瞬間、嫌な予感が的中するように大型アートを支える片方の紐が千切れる。それによって、大型アートの重心は片方による。そして、もう片方の紐にかかる力が強まり、その紐も千切れる。


 支えを失った大型アートは二階から一階へと落ちてくる。


「きゃーーーーーー」


 女子生徒の悲鳴が聞こえる。その頃には、大型アートが落ちる地点である松里さんの位置へとついていた。僕は片方の紐がついた段階で地面を蹴り、松里さんの元へと駆けていった。筋力の増加により飛躍的に上がった跳躍力を使って、人外の速さで駆ける。


 大型アートの下についた僕は両手を天に掲げ、落ちてくるそれを受け止める。大型アートの重さは想像していたよりも重かった。受け止めれはしたものの持ち上げることはできなさそうだ。ここから一体どうしたものか。


「三浦くん?」


 後ろから松里さんの声が聞こえる。呆気にとられた声で僕の名前を呼んだ。声の様子からして大きな怪我はないようだ。松里さんが無事で合ったことに安堵する。そこで、僕はあることを閃いた。


「松里さん、地面に落ちてる僕のスマホの画面を見てもらっていい?」

「えーっと、これかな。何か設定みたいなものがあるけど」

「その中の項目に『筋力』というのがあると思うのだけど、そのバーを増大の方へとスライドさせてもらっていい?」

「えーっと、こうかな?」


 すると、先ほどまで受け止めていた大型アートが徐々に軽くなっていく。僕は低い状態から少しずつ上にあげる。ある程度、楽な態勢へと自分の身体を持っていく。周りに気を配る余裕が出てきたところであたりを見回した。


 幸い、誰も怪我をしている様子は見られなかった。ホッとするように胸を撫で下ろす。すると、周りから拍手が飛んできた。彼らは僕に目を向けている。それはクラスメイトがする不愉快な視線ではなく、好機に満ち溢れた視線だ。僕は何だか照れ臭くなった。

 

 しばらくして、大勢の人がやってきて、大型アートを持って行ってくれた。


「三浦くん、ありがとう。それと怪我はなかった?」


 松里さんはお礼を言うと僕の手を握りしめ、怪我がないかを確認する。義手は少しばかり傷ついただけで特に支障はなかった。僕は松里さんに手を握られたことで胸が高鳴りを感じていた。義手のため彼女の手の温もりを感じることができなかったことに悲しみを覚える。


「大丈夫。松里さんと川平さんも怪我はない?」

「うん! 元気ヘッチャラだよ」

「ありがとうね、三浦。それにしても、その義手すごいね」


 川平さんはいつもと違った視線を僕へと向ける。今までとは違った彼女の様子に僕は思わず困惑すると共に嬉しくもあった。


「うん、実は一週間前に別の義手に変えたんだ。腕の筋力を自由に操れるのが特徴らしい。まだ実験的に使われている義手なんだけどね」

「ねえねえ、千春。三浦に頼んでみたら? 彼、今はすごく力持ちだし」

「ナイスアイデア! あのね、三浦くんに一個お願いしたいことがあって。実は文化祭で木材を使うことになったんだけど、木材を買いに行くのを手伝ってもらっていい? 私たちだけじゃ、持ち運べないような気がして。別に無理はしなくていいからね?」


 松里さんは気を遣わせないように僕の意思に任せるように促す。今まで全く役に立てなかったため、こうして頼られることにとても嬉しく感じた。


「僕で良ければ力になるよ」

 

 この日、先生から言われた『重宝される存在になる』と言う意味を実感することができた。

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