18-1 後始末

 アルナ達の元へと戻ったハクは、持ち帰ったインフィニティドッグの心臓をみんなに見せた。


「綺麗だね」


 アルナは赤い宝石のような心臓を不思議そうに見た。触り心地は硬いのに、弾性力もある不思議な石だ。


「インフィニティドッグの心臓ね。これまた珍しい」


 マニュアは興味深そうに、心臓を眺める。彼女はきっと魔術的な価値について考えているのだろう。


「だが、これで一件落着だ」


 そう締めくくろうとしたグンハに、マニュアは厳しい口調で返す。


「いや、まだよ。大事なことが何も片付いていないわ」


 そう言ってマニュアは、ヴァドを始めとした盗賊達に鋭い視線を向けた。


「あなた達をどうするか。一時的には共闘したけど、私は元々盗賊の討伐依頼で来ているの。みすみす見逃すわけにはいかないわ」


「やる気か!?」


 盗賊のシンタがマニュアに向かってガンを飛ばすと、マニュアも負けじと杖を握って睨み返した。


「あなた達が大人しくしないなら、容赦しないわ」


 再び戦い始めそうな雰囲気に、ハクは慌てて割り込む。


「マニュアさん、彼らはもう悪さをしないと約束してくれています。どうか、見逃してはくれ……ませんか?」


 ハクは話しながら無茶苦茶なことを言っている自覚が湧いてきて、最後の方は控えめで弱々しい口調になっていた。


 案の定、マニュアは厳しい言葉を返してくる。


「こいつらは盗賊よ。悪人の言葉なんて、信用できるわけないでしょう? それにこいつらに傷つけられた人がどれだけいるか」


 マニュアの言うことはもっともで、ハクは返す言葉が思い浮かばなかった。


 確かに盗賊達は罪を償うべきなのかもしれない。しかし、この世界で罪人の扱いがどんなものなのか、ハクは知らなかった。

 果たして改心して人生を生き直すチャンスを与えられるのか。

 それほどこの世界が甘いようには、ハクには思えなかった。


 彼らは悪人だ。しかし、わずがな期間でも一緒にいて命まで救ったハクにとって、易々と切り捨てるには近づき過ぎた。

 それに、取り返しのつかない罪を犯した点においては、ハクも彼らと変わらない。


 ハクが正しさと己の感情の間で揺らいでいると、ヴァドが口を開いた。


「だったら、俺たちが二度と悪事を働かない保証が有ればどうだ?」


「何を言っているの?」


 怪訝な顔をするマニュアに、ヴァドは淡々と言葉を吐く。


「俺たちは魔術契約をハクと結ぶ。それで、お前の懸念点は消えるだろ?」

「それは、そうかもしれないけど、盗賊を見逃すなんて……」


 すっきりしない顔をしているマニュアを見せつけるように、ヴァドは剣に手を置いた。


「そちらとしても、今ここで俺たちと一戦交える余裕は無いんじゃないか? こちらがかなり譲歩した落とし所だと思うが」


 ヴァドは平然としているが、それは実質的に脅迫だった。

 マニュアは苦々しい顔でしばらく悩む様子を見せていたが、やがて不満げに承諾する。


「……分かった。魔獣討伐に協力してくれたお礼ってことにしておくわ」


 それからヴァドとマニュア、グンハの間で細かい話し合いをして、盗賊達の処遇については折り合いがついたようだった。


「ヴァド、魔術契約って?」


 ハクが聞くと、ヴァドはマニュアに視線を向けた。


「それは魔術師のあいつの方が分かりやすく説明してくれるんじゃないか?」


 ヴァドから説明を押し付けられたマニュアは一瞬不満げな顔をしたが、ハクに向かっては優しく教えてくれた。


「魔術契約は、その名の通り契約の魔術よ。契約内容と破った場合の罰はある程度は決められる。けれど、高度な魔術だし、魔術の特性や倫理的な観点からも、あまり用いられるものではないわ。今回は特別よ」


 それからヴァドは大きな魔法陣を地面に描いた。大まかな契約内容はハクに忠誠を誓うこと、悪事を働こうとした場合や契約を破ろうとした時は死がもたらされる、というものだった。


「これでいいだろう?」


 ヴァドは描いた魔法陣をマニュアに見せる。


「ええ」


 それからハクは言われた通りに魔術陣の中に入ったが、大掛かりかつ内容の重たい契約は気が進まないし、身の丈に合わない重責に感じた。


「ヴァド、本当にいいの? こんな契約」

「ああ」


 ヴァドは表情を変えずに淡々と答えるから、その内心は分からない。


「それじゃあ、始めるわよ」


 マニュアの指示に従って契約は執り行われた。

 盗賊達は一人ずつ血を魔法陣に垂らし、最後にヴァドが血を垂らすと、次はハクの番だった。


 いつものように指を杖の先端で傷つけると、指から血が滴り落ちた。


『永樹の元に生まれし魔の子らよ、誓いを縛り、報いを与えん』


 契約を結び終えると、杖を持ったマニュアが駆け寄ってきて、ハクの傷ついた指に向かって魔術を唱えた。


『癒しを』


 すると指の痛みは和らぎ、傷も塞がった。


「ありがとうございます」


 ハク本来の治癒能力ほど完璧ではないが、これなら少しすれば傷は気にならなくなるだろう。


「お疲れ様。難なく成功させるなんて、やっぱりハク君、魔法の才能あるわよ。是非魔術を学んで……」


 盗賊の問題が片付いて緊張が緩んだのか、マニュアはそれから意気揚々と語りそうだったから、ハクは途中で遮った。


「ちょっとごめんなさい」


 残念そうにするマニュアを置いて、ハクはヴァド達の元へと向かった。


「ヴァド……」


 彼らは今後、契約に縛られて生きることになるのだ。ハクが少し同情していると、ヴァドの口角がわずかに上がるのが見えた。


「あの魔術契約、一見厳しい制約に見えるが、忠誠だとか悪事だとか、結局定義は曖昧なんだ。だから結構自由にできる」


 小声で言うヴァドを見上げたハクは、その飄々とした顔にある傷が目に入った。


「やっぱり悪い人だ」


 ため息がちに言うハクに、ヴァドは頷く。


「ああ、俺たちは悪人だ。だが安心しろ。約束は守る。秘密もな。それから、お前の願いも」


 その言葉を聞いて、ハクは微笑む。


 そして、こっそりとヴァドにレッドポーションを渡した。


「資金の足しにして下さい」


 レッドポーションを売った資金がハイナドの復興に役立つのならいい事だし、そのレッドポーションは巡り巡って誰かの命を救うはずだ。


 レッドポーションを見たヴァドは少し驚いたような顔をしてから、小さく頷いた。


「ああ、感謝する」


「ヴァド、さっきから何コソコソ話してんですか? みんな待ちくたびれてますよ」


 シンタの言葉にヴァドは冷めた視線を向けながら、最後に言う。


「俺たちははそろそろ行く。ハク、幸運を祈る」

「ありがとう」


「ハクちゃん! 元気でな!」

 シンタや他の盗賊達に別れを告げて、ハクはマニュア達の元に戻った。


「ようやく行ったみたいね」


 山の奥へと去っていく盗賊を見ながら、マニュアは清々したように言う。


「さて、私たちも戻ろうか」


 グンハの言葉に、マニュアが反応する。


「そうね、そうするのがいいわ。私は行かないけど」


 驚いたように顔を向けたグンハに、マニュアは冷静に言う。


「私は今回の一件を魔法使い組合に報告するわ。安心して、盗賊達に関しては、ボスのマスマが死んだってことで、適当に処理しておくから。それから、インフィニティドッグを倒した事を証明するために、心臓を貸してもらえるかしら」


 ハクに断る理由は無かった。

 しかし、マニュアにインフィニティドッグの心臓を渡しながら、ハクは少し寂しさを感じていた。


 ここまで一緒に戦った仲間と別れるのだ。マニュアは性格にやや難はあるが、頼りになる優しい人だった。


「マニュアさん、さようなら」


 ハクが別れの挨拶を述べると、マニュアはいつもの得意げな笑みを浮かべて言う。


「ハク君、私もセントリアに行くつもりだから、そこでまた会いましょう」

「あ、はい」


 なぜだろうか。つい直前までしんみりとしていたのに、また会えるとなると少し面倒そうに感じてしまった。


 それから、グンハもマニュアに声をかけた。


「マニュア、気をつけて行けよ」

「グンハこそ、今回みたいなヘマは二度としないでね。ハク君に何かあったら許さないから」

「言われなくても」

「やっぱりあなただけじゃ不安だから、私も用が済んだら途中で合流しようかしら」

「は? まぁ、私はいいが……」


 そうしてグンハと仲が悪いのかいいのか分からない会話を繰り広げてから、マニュアは去っていった。


「私たちもルメスさんの待つ村に帰ろう。もう日暮れも近い」

「はい」


 そうして、ハク達も山を下りることにした。

 道を歩きながらタツアが声をかけて来る。


「お疲れ様。盗賊を従えるなんて、ハクはすごいな」

「僕だって、なんでこんなことなったのか……」


 ため息混じりに言うハクに対して、アルナは明るく言う。


「だってハクだからね」


 なぜアルナが嬉しそうなのか分からないが、二人はこの後のことを分かっているのだろうか。きっと勝手に山に入ったことをルメスやグンハから改めてたっぷりと叱られるだろう。

 けど、上手く言い訳をすればハクを救い出したという功績で、温情をかけられるかもしれない。


(いや、まずは無事に生き返ったことを喜ばれるか……)


 そんな事を考えていたがハクだったが、急激に全身に疲労感が襲いかかってきた。

 糸が切れたように力が抜けて、視界が揺らぐ。


(あっ、そういえば昨日の夜からずっと戦い続けてたな……)


「ハク!」


 アルナの悲鳴に似た叫び声が聞こえる中、ハクは倒れ込んだ。

 精神的、体力的に限界だった。


 膝をついてハクを受け止めているアルナの腕の中で、ハクは力尽きるように目を閉じた。


(でも、これでようやく休める……)


 ハクはそのまま気絶するように、深く長い眠りについた。

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