17-3 怪物攻略
白い炎を吐こうとするインフィニティドッグに対して、ヴァドは魔術符を取り出した。
そして魔術符を剣で突くと、その衝撃は増幅され、一本の大きな突きとしてインフィニティドッグの下顎を撃った。
炎を吐こうとした口を強引に閉じさせられた魔犬は、他の二つの頭の口を開いて白い炎を溜める。
『サンダーボルト!』
間髪入れずに雷鳴が轟き、マニュアの魔法が二つの頭に直撃した。落雷によって炎を吐く前に散らされたインフィニティドッグは、今度は尻尾を鞭のように扱って攻撃してくる。
グンハが一番の直撃は剣で受け流したが、無数にある尻尾は木々を薙ぎ倒しながら地面に叩きつけられ、大地を揺らした。
それは、災害とも呼べるような攻撃で、怪獣映画にでも出てきそうなような光景だった。しかし、実際にその場に立ち会わせると比べ物にならない迫力と緊迫感だ。心臓にまで届きそうな衝撃と皮膚から伝わるひりつく空気に、ハクは自身の存在すらそこらの石と変わらないちっぽけな物に感じた。
『インパクト』
ハクは飛んできた岩を魔法で弾き飛ばしてから、近くを掠めた尻尾の一本に杖を触れさせた。
一瞬だったから奪えた命は僅かで、これでは敵にとっては何ともないだろう。
無数の尻尾と9本の前脚を使って暴れ回るインフィニティドッグには、近づくことさえ容易では無かった。むしろ、今は防戦一方になっている。グンハとヴァドが前脚2本を辛うじて切り落としたのが、せいぜいだった。
想像を絶する威力の攻撃の嵐に、みんなあとどれだけ持つか分からない。
そんな時、インフィニティドッグの纏った白い炎が大きくなり、口に白い炎が集まっていく。
(まずい、今は対応できる人がいない!)
みんな各自の身に降りかかる攻撃を防ぐので精一杯だった。
そして、怪獣の口から吐かれた巨大な白い炎が、その場を飲み込もうとしていた。
その時、急激に空気が熱気を帯びた。
上から降ってくる白い炎に、青い炎がぶつかり、世界の色が二分される。
白炎の直撃を逃れたハクは、パッと表情を明るくして皆を救った少女の方を向いた。
「アルナ!」
シンゲツに乗ったアルナは、瞳と髪を青々と燃え上がらせて、魔法を放っている。
「ハク、できたぞ!」
アルナの後ろでは、タツアが手にした水筒を大きく振りながら叫んでいた。
「タツア!」
ハクはすぐに二人の元に駆けつけて、鎮静薬の入った水筒を受け取った。
「あれがインフィニティドッグか、とんでもない怪物だな」
タツアは、夢でも見ているような様子で感想を述べた。
隣では白炎を防ぎ切ったアルナが疲れたように、息を切らしている。
「アルナ、大丈夫?」
「私のことはいいから、ハクはあれをどうにかして……」
アルナは苦しそうな表情で微笑む。
「うん、任せて」
アルナとタツアが頑張って、こんな短期間で鎮静薬を作ってくれたのだ。あとはハクが鎮静薬を使って、あの怪獣を正気に戻すだけだ。ハクはしっかりと鎮静薬の入った水筒を握りしめた。
「ハク! 後ろ!」
その時タツアが叫んで咄嗟に後ろを振り返ると、インフィニティドッグの鋭く大きな爪が迫っていた。
(しまった!)
だが、その攻撃は直前で剣によって弾かれ、魔獣の爪は折れて飛んでいった。
「ハク、油断するな。戦闘中だぞ」
ヴァドは鋭い目で、ハクたちを見やった。
その強面の顔と大きな傷に、アルナとタツアは恐怖するように身震いした。
「ハク、この人は……」
震えたタツアの声に、ハクは自然な口調を心がけて答えた。
「今は協力関係だから大丈夫だよ。ヴァド、二人を頼みます」
「おう、こっちは気にせず行ってこい」
「はい。シンゲツ行くよ!」
それからハクはシンゲツに乗って、戦場を駆けた。
「グンハさん! マニュアさん! 鎮静薬です! 近づきたいので援護して下さい!」
ハクが水筒を上げて見せながら言うと、戦っていた二人は勇ましい表情で頷いた。
「グンハ、少し時間稼いで!」
「了解だ」
マニュアは杖を持って魔術を放つ準備に取りかかる。その間、グンハがマニュアに降りかかる全ての攻撃を防いでいた。
その壮絶な数秒の後に、マニュアは杖を振り上げた。
『永樹と共にありし魔の空よ、敵を撃て、サンダーボルト』
マニュアが放った特大の落雷がインフィニティドッグに直撃した。その威力は魔獣の白い炎の体が、わずかに黒くなるほどだった。
インフィニティドッグの動きが一瞬止まった隙に、ハクは一気に標的に近づく。
魔獣はそれからすぐに動き出したが、落雷の後遺症でまだ動きは鈍い。
「シンゲツ、行くよ!」
跳び上がったシンゲツを足場にして、ハクはさらに飛び上がり、インフィニティドッグの中央の頭の前に体を投げ出した。
両側の二つの頭が、ハクを狙うように口を開けていたが、ハクは冷静だった。
『刃鳥』
二羽の鳥の刃が、それぞれの頭の眼を切り裂く。
二つの頭が咆哮を上げて苦しむのを横目に、ハクは目の前の標的に集中していた。
白い炎を吐こうと開いた口の中に、ハクは鎮静薬を水筒ごと投げ込んだ。
『インパクト』
そして、魔法でさらに鎮静薬を押し込む。
しかし、魔獣の白い炎は止まらずハクを飲み込もうとしていた。
これだけ至近距離で高密度の白炎をくらっては、不死身のハクもただでは済まない。
(でも、私にはこれがある)
ハクは、さっきヴァドから貰っていた魔術符を取り出して魔力を込めた。
『結』
そして、そのままハクは白い炎に飲み込まれた。
◇
「ハク!」「ハク君!」
体から煙を上げながら地面に落ちたハクの元に、一同が集まる。
魔術符だけではインフィニティドッグの白炎は完全には防げず、ハクは体表にバリバリとした痛みを感じていたが、地面に落ちる頃には体は修復されていた。
今はどちらかというと、落下時の痛みの方が強い。
ハクがひび割れた骨を治しながら起き上がると、心配そうにしていたグンハやマニュア、タツアは驚いたように表情を一変させた。
「ハク、無事なのか?」
「うん、なんとか。ヴァドにもらった魔術符のおかげで」
ハクの言葉にヴァドに視線が集まったが、ヴァドは表情を変えずに小さく頷いただけだった。
ハク自身の供え子としての能力については、アルナやヴァド以外はまだ知らない。シンタや他の盗賊たちにも口止めしてある。
全て魔術符のおかげだと言うには、少し無理がある気もするが、今はあまり細かいことを気にしている余裕はない。
ハクは直前まで暴れていたインフィニティドッグに目を向けた。
「どうなった? 鎮静薬は効いてる?」
じっと動かないインフィニティドッグを注意深く観察すると、その赤かった瞳が黒くなっているのが見えた。
インフィニティドッグの体からはシューと白い炎が立ち昇っていた。そして、全身に纏っていた白い炎は揺らぎ、次第に形が朧げになっていく。
やがて白炎は風に流されて消え、最後に残った白い靄から現れたのは、一匹のフレイムドッグだった。
体の大きさは普通のフレイムドッグよりはひと回り大きく、纏った炎の量も多い。
(あの時の特異個体か)
しかし、その聡明そうな黒い瞳は、崖の上で対峙した時とは違う。
本来の姿となったインフィニティドッグは、じっとハクを見つめていた。
ハクは呼ばれている気がして、インフィニティドッグの元へと歩いて行く。
「待て! まだ危険かもしれない」
ハクを止めようとしたグンハに、ハクは静かに言う。
「大丈夫です。僕に任せてもらえませんか?」
澄み切った深紅の瞳を向けたハクに、誰もそれ以上何も言えなかった。
そうしてインフィニティドッグまで1メートルの距離までやってきた所で、ハクは立ち止まった。
そこにはハクとインフィニティドッグの二人だけ、邪魔をする者も会話を盗み聞きする者も誰もいない。
『不滅の魔女よ。我を正気に戻してくれたこと、感謝する』
インフィニティドッグの言葉に、ハクは静かに頷いて答える。
『みんなの協力のおかげだよ。元に戻ったみたいで良かった』
『そなたは慈悲深いのだな。そなたを見込んで頼みがある、我についてきては貰えぬか』
僅かな沈黙の後に、ハクは頷いた。
『分かった』
そうしてハクは、案内するインフィニティドッグに従ってその場を後にした。
その時、実は内心で魔獣が喋ったという事実に驚愕していたが、ハクは態度には出さずに耐えた。なぜなら
◇◆◇
インフィニティドッグについてハクが歩いていくのを見たグンハは、走り出そうとしていた。
しかし、体の前を塞いだ剣に、グンハは足を止められる。
「何のつもりだ?」
グンハは顔に傷のある盗賊を睨んだが、ヴァドは冷静に言う。
「あいつに任せたらどうだ?」
「危険よ! 相手は強力な魔獣、どんな狙いがあるか分からないわ」
はっきりと言うマニュアにも、ヴァドは顔色を変えない。
「今のあいつなら大丈夫だ」
そう断言するヴァドの言葉を裏付けるように、ハクの後ろ姿からは少しの迷いや怯えも感じられなかった。
さっきのインフィニティドッグとの戦いにおいても、ハクの動きはその歳の子としては信じられないようなものだった。
「彼はいったい何者なんだ……」
呟くように聞いたグンハに、ヴァドは口を開く。
「あいつは俺たちのボスにして、最恐の大悪党、マスマの弟子だ」
大悪党マスマと言ったら、国から指名手配もされている極悪人だ。殺された貴族や有力者は数知れない。
「まぁ、一晩だけの短い間だったが」
そう言ってヴァドは、ハクの背中をさらりと見やった。
◇◆◇
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