17-2 会敵
山の中を跳ぶように駆け抜けながら、ハクは片目を瞑って偵察用の鳥と感覚を共有した。
そこでは、グンハとヴァドが剣をぶつけ合っていた。
「卑怯な盗賊め! ハクを返せ!」
「全く話の分からないヤツだな。俺たちはもうその子を捕らえてはいない」
ヴァドは剣を受け流しながら、困り果てたような顔をしていた。
「グンハ、はやくそいつを倒しちゃいなさい!」
マニュアは周囲から襲いかかってくるフレイムドッグの相手をしながら言った。
「ヴァド、もういいんじゃないですか? 話を聞かないコイツらが悪いんだし」
残りのフレイムドッグを斬りながら、盗賊のシンタも痺れを切らしたように言う。
「シンタさん! 約束覚えてますよね! 死にたいんですか?」
混迷した三つ巴の戦いの舞台に辿り着いたハクは、膝に手を置いて息を切らしながら叫んだ。
ハクの存在に気がついたシンタは、焦ったような表情を浮かべ、慌てて誤魔化す。
「冗談だよ。約束は守るって」
それからハクは、グンハと剣を交えていたヴァドにも視線をやった。
「ヴァドも、なんでグンハさんと戦ってるの?」
「俺は助太刀しようとしたんだ。だがコイツが俺を見るなり切り掛かってきたんだから、防ぐしか無いだろう?」
そう言ってヴァドは、ため息を吐きながら剣を収めた。
「ハク君?」
マニュアはハクを見ると、驚いたような顔をした。
「ハク! 無事でよかった!」
グンハも嬉しそうに言ったが、ハクとヴァドを見比べて眉を顰めた。
「どういうことだ?」
「その盗賊の言う通りです。僕は解放してもらったんだ」
ハクはそう説明したが、マニュアは杖を構えて盗賊達に向けた。
「どんなつもりでハク君を解放したのか知らないけど、あなた達が盗賊であることに変わりはない。観念して大人しく捕まりなさい!」
「マニュアさん、待ってよ。今はそれどころじゃ……」
しかしハクが辺りを見渡すと、さっきまでいた魔獣たちはいつの間にか姿を消していた。
「ハク、気を抜くな。こいつらは悪名高い盗賊達だ。油断させておいてどんな卑怯な手を使ってくるか分からないぞ」
グンハも剣を構えたまま、盗賊たちを睨んでいる。
数では盗賊の方が遥かに多いが、グンハとマニュアも気迫では負けていなかった。
「だそうだ。ハク、俺たちはどうしたらいい?」
ヴァドは説得を諦めたように、ハクに全て丸投げしてきた。
「もう、君たちのこれまでの悪行を考えれば、二人の対応が正しいよ」
ハクはため息をつきながら、ゆっくりと盗賊たちの方へと歩みを進めた。
「ハク君!?」
「ハク、危ないぞ! こっちに戻れ!」
困惑している二人に見せつけるように、ハクはヴァドの隣に立った。
「いろいろあって、今は協力関係なんだ」
ハクは若干の後ろめたさを抱えながら、ヴァドに手を差し出した。
するとヴァドは
「え?」
ハクとしては握手を求めたつもりだったのに、想定外の展開だった。
「今の我々のボスはお前だ。何なりとお命じ下さい」
ヴァドが視線で合図をすると、他の盗賊たちも一斉にハクに向かって跪く。
「ちょっとどういうつもり?」
ハクが小声で聞くと、ヴァドは冷ややかなしたり顔で答える。
「こうするのが一番手っ取り早い。それに、
ハクが大仰な扱いに困惑しながら、グンハとマニュアにおそるおそる視線を向けると、二人は呆気に取られたように口を開けていた。
(これじゃあ私が盗賊のボスみたいじゃん……)
ハクは咄嗟に言い訳を考えて、ペラペラと話す。
「えーっと、捕まってる時に盗賊のボスとなんか仲良くなっちゃって。それで盗賊のボスが死んじゃって、その時に何故か僕があとを任されちゃって。アハハハ……」
感情のこもっていない乾いた誤魔化しの笑いが、寂しく広がった。
(とっても、いたたまれない……)
しばしの沈黙の後に、グンハがようやく口を開いた。
「まったく、何がどうなったらそんなことになるのか……。ハク、君はとんでもないな」
「グンハ、こいつらの言うことを信じるつもり?」
マニュアは怪訝な顔で、グンハを見やった。
「こんなのを見せつけられたら、信じるしかないだろ?」
グンハは、ハクの前に跪いている盗賊たちを見ながら、剣を収めた。
「みんな、もういいから。頭を上げて」
ハクが指示すると、盗賊たちはバラバラと立ち上がる。
「ヴァド、状況はどうなってる?」
「ついさっきまではフレイムドッグが多くいたんだが、急に消えた。ということは、そろそろ来るだろうな」
「そう。みんなに備えるように言って。無理に戦わなくてもいいから、足止めが出来そうな人以外は安全そうな所に」
「何か策でもあるのか?」
「うん、ただ時間が必要なんだ」
普通に会話をしているハクとヴァドを見て、マニュアもようやく敵意を抑えた。しかし、まだ半信半疑といった様子で、警戒はしたままだ。
「ハク君、何が来るの? 盗賊と手を結んでまで何と戦うつもりなの?」
マニュアの問いに、ハクは答える。
「インフィニティドッグ……」
ちょうどその名前を口にした瞬間、恐ろしい咆哮が鳴り響いた。
「ヴァァン!」
「来た!」
白い大きな炎を纏った巨大からは、六つの前半身が出ている。以前現れた時との違いは、頭の数が三つに減っていることだ。盗賊のボスの命懸けの攻撃は、確かに傷痕を残しているようだった。
しかし、凶暴そうな赤い瞳や、鋭い爪、無数の尻尾は健在で、未だ強敵であることには変わりない。
そして、インフィニティドッグは今、十二本ある前脚の一本をハク達に振り下ろしていた。
木々を薙ぎ倒しながら迫り来る凄まじい攻撃に、ハクは自ら飛び込んで行った。
「ハク!」「ハク君!」
まだ突然のインフィニティドッグとの遭遇に理解が追いついていないグンハとマニュアの声が聞こえたが、ハクは足を止めなかった。
ハクは杖に死を纏わせて、怪物の前脚にぶつける。
しかし、命を吸い取りきる前に、攻撃の衝撃にハクは吹き飛ばされた。
(クッ、ダメか……)
「無茶しやがる」
ハクはヴァドに受け止められて何とか一命を取り留めたが、このやり方ではどれだけ命があっても足りない。
しかし、インフィニティドッグの前脚一本は消滅して、インフィニティドッグは警戒するようにハクを睨んだ。
それと同時に、ハクはインフィニティドッグから奪った命の重みを体に感じていた。
(やっぱりフレイムドッグよりもずっと重い)
「ヴァド、ありがとう」
自分の足で立ったハクは、驚いているグンハとマニュアに言う。
「グンハさんとマニュアさんも、力を貸してくれませんか? あの怪物を倒すのに」
「本気か?」「あの怪物を?」
信じがたい物を見る目でインフィニティドッグを見上げている二人に、剣を抜いたヴァドは言う。
「こんな子供に戦わせて、お前らは何もしないつもりか?」
グンハとマニュアは互いに顔を見合わせてから、インフィニティドッグをもう一度見上げた。今度は敵を見据える鋭く強い目で。
「もちろん協力しよう。あの怪物に、私の全身全霊をぶつける!」
「何を弱気なこと言ってるの。あのワンちゃんを倒すのは私よ!」
武器を構えたグンハとマニュアは、頼もしく見えた。
「ヴァァン!」
再びインフィニティドッグの咆哮が響いたが、その暴音に怯えるものはその場にもう居なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます