17-1 フレイムドッグの謎

「ハク、無事でよかった」


 崖上に戻ってきたばかりのハクに、アルナが心底安堵したように声をかけてきた。しかし、その髪と瞳が青みがかっていることに気づいたハクは怪訝に思う。


「アルナ、髪が……」

「ああ、これは……」


 アルナが答えようとしたが、会話の邪魔をするようにフレイムドッグが襲いかかってくる。


 ハクは咄嗟に振り返って、死を纏わせた杖を魔獣に当てた。

 襲いかかってきたフレイムドッグは消滅したが、その奥にはまだ敵が無数にいる。


「まずは、こいつらをどうにかしないと」

「私も、一緒に戦うよ」


 そう言ってハクの隣にアルナが立った。その髪と瞳は燃えるような青色に変わっている。


「アルナ!?」


 アルナに魔獣と戦う手段があるとは思えなかったし、何よりその髪色の変化がハクを困惑させた。しかし、その姿にはどこか既視感があった。


「任せて」


 アルナはそう言って微笑み、両手を前で合わせた。


 それと同時に前方に現れた青い炎の塊は、一気に周囲に広がって魔獣を飲み込んだ。


(この炎の魔法は……)


 その魔法は、いつか見たクロトの炎の魔法とそっくりで、ハクは思わず見とれてしまった。


 青い炎を背景にして、アルナはハクに言う。


「ハク、私ももう守られてるだけの存在じゃないよ。これでようやく、ハクの役に立てる」


「アルナはいてくれるだけで……」


 十分だと、そう言いかけたハクだったが、途中で首を振って言い直す。


「いや、心強いよ。アルナ、今は力を貸して」

「うん」



 それからハクは、青い炎を突っ切ってくる特異個体に目を向けた。


 他のほとんどのフレイムドッグはアルナの炎に焼かれたというのに、この個体は耐えて反撃しようと向かってきていた。


 大きな白い炎を纏ったフレイムドッグは、血走った眼を赤く光らせながらアルナを標的に定めていた。


(させない!)


 アルナを引き寄せたハクは、死を纏わせた杖を向けて、特異個体を待ち構えた。


(杖が触れればこちらの勝ちだ)


 しかし、ハクの杖を見た特異個体は直前で脚を止めて後ろに引き下がった。狙いが外れたハクは、警戒しながら魔獣を睨んだ。


(やっぱり他の個体とは違う。他のフレイムドッグは構わず突っ込んでくるのに)


 相手の魔獣も凶暴そうな瞳で、ハクを睨んでいる。


 ジリジリと焦ったい睨み合いが続く間も、魔獣の後方ではホワイトケルベロスが新たなフレイムドッグを生み出し続けていた。待てば待つほど、ハクたちが不利になるのは明らかだった。


(こっちから攻める!)


 そう思ってハクが杖を動かそうとした瞬間、特異個体のフレイムドッグは白い炎となって流れ消えていった。


 周りを見ると、他のフレイムドッグ達やホワイトケルベロスの姿も消えていた。


「引いてくれた?」


 アルナのほっとしたような言葉に、タツアも声の調子を明るくして言う。


「ハクに恐れを成したんだな!」


 しかし、ハクの返事は無く、返答を期待していたタツアは回り込んでハクの表情を覗き込んだ。


「ハク、どうした?」


「思い出した。フレイムドッグのあの凶暴そうな目、どこか見覚えがあったんだけど……」


 ハクはそれから、記憶を思い出しながら言う。


「クマだ」

「クマ?」


 首を傾げたアルナに、ハクは頷く。


「そう、ハイナド近くの森の中で襲われかけたんだ」

「魔の大森林で?」

「そう、多分そこ。凶暴そうな目をしたクマで、シンゲツを傷つけた憎たらしい奴だったよ」


 そう言って、ハクは近づいてきたシンゲツを撫でる。

 すると、話を聞いていたタツアは、顎に手を当てて考え込むそぶりを見せた。


「魔の大森林、凶暴そうなクマ……、マッドベアーか」

「マッドベアー?」


 ハクが聞くと、タツアが説明する。


「そう、魔の大森林とかに生息する凶悪な熊型の魔獣だよ。攻撃性が高く、格上の相手にも構わず突っ込んでいくんだ。危険度はB相当で、森の中で血走った赤い眼を見たら、迷わず逃げろなんて言われてる……」


 そこまで言って、タツアはハッと何かに気が付いたように額に手を当てた。


「そうか! そういうことか……」

「どうしたの? タツア君、何かに気が付いたの?」


 アルナの問いに、タツアは頷いて答える。


「フレイムドッグは普段は大人しい魔物で、あんな風に人を襲うなんておかしい、ってグンハが言ってたんだ。それがずっと気になっていたんだけど……」


 タツアが言うには、マッドベアーの凶暴性は、本来の性質というよりもマッドベアーの脳内に寄生している『死喰い虫』という魔物の影響が強いらしい。


「死喰い虫は、寄生した対象の攻撃性や力を高めるんだ。どんな理屈か、マッドベアーとは共生関係を築いているらしい。死喰い虫はの原料になるから、マッドベアーの脳はそこそこいい値がつくんだけど……」


 そこまで聞いたハクは、さっき飲んだエナジーポーションの事を思い出していた。


(あれの原料、虫だったんだ……。道理で色が……)


 死喰い虫を見たことは無いが、エナジーポーションの緑色とその中身を想像したハクは気分が悪くなってきた。気がつかれないようにと黙ってタツアの話に耳を傾けていたが、アルナはハクの様子に気がついて心配する。


「ハク? 顔色悪いけど、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫だから、話続けて……」


 ハクにチラリと視線をやってから、タツアは話を続ける。


「それで、ハイナドの滅亡、この影響が街に接している魔の大森林にまで及んでいたことを考慮すると、マッドベアーの一部が縄張りを越えて移動した可能性が考えられる。そして、どこかでフレイムドッグとマッドベアーとの接触があって……」


「そこで、フレイムドッグに死喰い虫が付いたってこと?」


「そうだ。死喰い虫がマッドベアー以外の生き物に寄生することもあるらしいから。あくまで、俺の仮説だけどな……」


(また、ハイナドの滅亡か……)


 ハクは、もう全ての因果が自分にあるような気がして、辟易としてきた。


 アルナの心配そうな視線に自然な微笑で返してから、ハクはタツアに聞いた。


「それで、フレイムドッグが暴走している理由は分かったけど、何か対処法はあるの? インフィニティドッグは強敵だし、少しでも情報が欲しい」


「え? インフィニティドッグまで現れているのか!? インフィニティドッグって言ったら危険度Aだぞ?」


 タツアは動揺するような怯えた表情をした。


「うん。さっきフレイムドッグ達が引いたってことは、合体してインフィニティドッグになるつもりだと思う。グンハさんとマニュアさんも心配だし、放ってはおけない」


 平然と話すハクに、タツアは信じられないといった様子の視線を向けた。


「まさか、本気で行くつもりか?」

「うん。無謀なことをする点において、君に止められる筋合いはないと思うけど」


 ハクの嫌みな言葉を受けたタツアは、ハクの迷いの一切無い目を見て深く息を吐いた。


「分かった。理由が分かれば、やり用もある。ただし、無理はするなよ。危ないと思ったらすぐに逃げる」

「善処するよ」


 ハクの返事に微妙な表情をしつつ、タツアはそれから策を話し始めた。


「マッドベアーに効く鎮静作用のある薬を作る。この山なら、材料も揃っているはずだ」


 タツアは周囲を見回しながら言う。


「インフィニティドッグにも効くかは分からないし、時間はかかるけど」

「何も無いよりはいい。けど、それまでもつか……」


 そこでハクは片目を閉じて、グンハ達の元へと飛ばしていた鳥へと意識を向けた。


「は? なんでそうなってんの?」


 そこで見た光景に、ハクは思わず声をこぼした。


「どうしたの? ハク?」

「ごめん、僕はすぐに行かないと……」


「向こうで何が起きてるんだ?」


 心配そうにするタツアに、ハクは困ったような表情を見せた。


「いろいろと状況が複雑で。でも、どうしよう、鎮静薬も作らないといけないし……」


 頭を悩ませているハクに、アルナが声をかけた。


「ハク、こっちは私に任せて。私がタツア君も守るから」


 アルナの黒い瞳は真っ直ぐにハクを見つめていた。

 アルナの強い意志を感じて、ハクは頷いて言う。


「分かった。シンゲツと二羽の刃鳥を置いていくから、そっちはお願い」


 それからハクは、シンゲツと刃鳥たちに向けて言う。


「アルナ達のこと、よろしくね」

「ヴァウ!」


 シンゲツは短く吠え、鳥達も了解したように羽ばたいた。

 使い魔たちの返事を聞いたハクは、それからタツアに視線を向けた。


「タツア、頼むよ」

「ああ、任せとけ」


 タツアはしっかりと頷いた。

 

「ハク、気をつけてね」


 最後まで心配そうにするアルナに、ハクは優しく微笑む。


「うん、アルナも気をつけて」


 シンゲツの背に乗って素材を探しに行く二人を見送ったハクは、真剣な表情に変わり、グンハ達のいる方を向いた。


『インパクト』


 足に魔法を込めてハクは地面を蹴り、風を切りながら道を急いだ。


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