16-1 フレイムドッグの山
◇◆◇
アルナは不安を抱えながら、山を歩いていた。
「タツア君、本当にこっちで合ってるの?」
「ああ、そのはずだ」
タツアはコンパスを見ながら、道とも言えないような道を歩いて行く。
しかし、険しい道でもアルナは決して弱音を吐かなかった。
そんなアルナの様子を見て、タツアは立ち止まって聞く。
「少し休むか?」
しかし、アルナは息を切らしながらも歩みを止めない。
「ううん、行こう。今もハクは辛い目に合っているかもしれない」
「ああ、そうだな」
アルナの心配そうな目を見て、タツアも前を向いて再び歩き出す。
それからしばらくは、二人とも黙々と歩いていた。
途中に大きな岩があり、先に登ったタツアは振り返って後ろのアルナに手を差し出す。
「ありがとう」
タツアの手をとって岩を越えたアルナは、力強く前を見ていた。
そんな真剣な表情のアルナを見て、タツアはぎこちなく尋ねた。
「アルナちゃんは、ハクのことが好きなのか?」
「え?」
突然の質問に、アルナは不意をつかれたように顔を上げ、わずかに頬を赤らめた。
一方のタツアは視線を逸らすように、進行方向を向いたままだ。
「好きか嫌いかで言ったら、もちろん好きだよ」
再び歩き出すアルナに合わせるように、タツアも前を歩く。
「でもそんなのは些細なことで、ハクは私の命の恩人だから」
タツアの続きを促すような沈黙に、アルナは言葉を進める。
「ハクは私を何度も助けてくれた。だから、今度は私が助けたいの。あの子は、目を離したら消えてしまいそうだから……」
「え?」
アルナの優しく切なげな声に、タツアは納得しかねるようにアルナを見た。
すると、アルナの真っ直ぐな眼差しと目が合う。
「タツア君は? どうしてハクのために、ここまでしてくれるの? 私達とはまだ会って数日でしょう?」
タツアは前を向いて歩きながら答える。
「俺にはハクのことはよく分からない。あいつの言動は全て作られた物に感じるんだ。あいつが本心でどんな事を考えているのか、全然分からない」
地面を力強く踏み込んで、タツアは段差を越えた。
「けどな、ハクも、アルナちゃんも、もう俺の友達なんだ。ダチのために頑張るのは、当たり前だろ?」
そう言ってスッキリと笑って振り返ったタツアに、アルナは微笑む。
「うん、ありがとう」
アルナの柔らかな笑顔を見たタツアは、慌てたように前を向いた。
頬を赤らめたタツアは、少し足を速めながら言う。
「速く行こうぜ。ハクが俺達の助けを首を長くして待ってるかもしれない」
「うん」
◇
それからまもなくだった。
前を歩いていたタツアの服の裾を、アルナは掴んだ。
「えっ? どうした?」
驚いたように振り返るタツアに、アルナは人差し指を自身の唇に当てて言う。
「シー、何がいる!」
木の陰に隠れながら向こうを覗くと、白い魔獣の姿が見えた。
「フレイムドッグだ。またあいつか……」
声を顰めて呟くタツアに、アルナは別の方向を指し示して囁く。
「あっちにもいる」
その場所から見えるだけで、五匹はいた。
「どうする? 回り道する?」
そう言って周囲を見渡したアルナに、タツアはニヤリとした笑みを浮かべて言う。
「言っただろ? 俺にはとっておきがあるって。こいつの出番だ」
タツアが鞄から取り出したのは、小さなボールのような黒い
「それは?」
「見てれば分かる」
自信ありげにそう言ったタツアは、木の陰から魔獣達の前に堂々と出て行った。
「タツア君!?」
戸惑うアルナにニッと笑い、タツアは黒い球を握った。
案の定、タツアに気がついたフレイムドッグ達は一斉に襲いかかってくる。
「そうだ来い! まとめて消し飛ばしてやる!!」
タツアは魔獣達に向けて黒い球を投げつけた。
その直後、黒い球は大爆発し、タツアを狙って集まった魔獣達を吹き飛ばした。
爆音と爆煙が広がり、アルナの髪が爆風に揺れる。
「す、すごい……」
アルナは唖然として、タツアを見た。
五匹のフレイムドッグは、跡形も無い。
「これも俺のコレクションの一つだ。凄いだろ!」
振り返って満面の笑みを浮かべたタツアは、アルナのキラキラとした表情が、動揺と絶望へと変わっていく様子を見て、怪訝な顔をした。
振り返ったタツアの視界には、爆発に引き寄せられた十匹を超えるフレイムドッグの姿があった。
「嘘だろ? なんでこんなにたくさん……」
フレイムドッグは今も増え続けている。
「タツア君! 逃げよう!!」
アルナの大声に我に返ったタツアはすぐに走り出す。
アルナの手を掴んだタツアは、後ろに向かって黒い球をもう一度投げた。
爆発を背にして、タツアとアルナはその場から逃げる。
しかし、前方からもフレイムドッグは現れた。
「いつの間に!」
「クソッ!」
タツアは前にも黒い球を投げて、アルナの手を引く。
「こっちだ!」
そうして、爆弾を投げて道を切り開きながらフレイムドッグの合間を縫って、アルナ達は逃げ続けた。
しかし、それも長くは続かなかった。
「クソッ! 弾切れだ」
タツアが鞄を探っても、爆弾はもう残っていなかった。
「とにかく逃げるしか無い!」
そして再び走ろうとしたタツアの手を、アルナは強く引っ張った。
「危ない!!」
「え?」
タツアが向かおうとしていた場所は、切り立った崖になっていた。
タツアの片脚は空中に浮かび、小石が崖を転がり落ちていった。
「危ねえ! 助かった。ありがとう」
ホッと安堵の息をついたタツアに、アルナは背後を振り返りながら言う。
「助かってないよ」
そこには、追ってきたフレイムドッグ達の姿があった。
崖は落ちたら確実に死ぬ高さで、二人は完全に追い詰められていた。
「ごめん、アルナちゃん。俺が行こうなんて言ったばっかりに……」
タツアの絶望と後悔に満ちた声は、響きもせずに山に吸い込まれていった。
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