15-5 最後と生き様
「ボス!!」
「ボス〜!」
盗賊達は倒れているボスに向かって口々に叫んでいた。
地面に横たわるボスは全身傷だらけで、今にも死んでしまいそうに見えた。
しかしボロボロの体とは裏腹に、瞳は力強い輝きを失ってはいなかった。
「頼む、ボスも助けてくれ!」
シンタの声に、ハクはボスに近づく。
今までインフィニティドッグ相手に戦い、他の盗賊達やハクを守ったのはこの男だ。
これまでどれだけ悪行を重ねていたとしても、改心するなら助けても良いとハクは考えていた。
(ささいな恩返しだ)
そう思って声をかけようとしたハクを、ボスは鋭く睨んだ。
「俺を、助けるなよ」
ドスの利いた声に、ハクの足は止まる。
死にかけに思えない程、力強い意志を感じた。
「どうして……」
ハクの震えた声に、ボスは平然として言う。
「誰かに情けをかけられて助かるのは屈辱だ。死んでも断る!」
「なに言ってんだボス、こんな時つまらない意地張るなよ!」
シンタの声にも、ボスの
「俺はこれまで、己の欲のために好き勝手生きてきた。他の誰かから力づくで奪って、望みを叶えてきた。俺は自分の力だけで、全て思い通りにしてきたんだ。他の誰かに助けられるなんて、死んでもごめんだ!」
その時わずかにボスの顔が苦痛に歪み、ハクは思わず近づいた。
「俺を助けたら、俺はこれからも人を殺しを続けるぞ!!」
ボスの脅しは、その殺した人数に裏付けされた迫力があった。
今にも死にそうなボスの姿を見ながら、ハクは迷った。
(この人を見捨てる?)
胸が締め付けられるような気がした。
(助けられるのに?)
助けられる人間を敢えて見殺しにするその選択に、ハクは困惑した。
正義と正しさが歪み捻れるような感覚に、気分が悪くなる。
悲痛そうな顔をしていたハクを見て、ボスはゆっくりと語り始めた。
「俺は元々、偉そうな金持ち貴族の使用人だった。だが、俺の扱いは奴隷よりも酷かった。あいつらは快楽で俺を虐げていた」
そう語った時のボスの目は、暗く曇っていた。
「最悪だった。死んだ方がマシだと思ったことも何度もあった。だが、俺はある時気づいたんだ、そんな思いまでしてこいつらに仕える意味があるのかって」
そうしてボスは、楽しそうな恐ろしい顔を浮かべた。
「だから、俺はそいつらを全員殺してやった! 暴力は全てを壊す。力があれば、望みが叶うんだ。だから、俺はそれからも殺し、奪い、欲のままに生きてきた」
それから、ボスはハクの目を見で言う。
「いいか、この世界は強さが全てだ。弱ければ、望みは叶わないし奪われるだけだ。俺はそういう世界を生きてきた。
……だから、今更別の生き方をするつもりはねぇ」
最後に空を見上げて呟いた言葉には、わずかな寂しさが感じられた。
そしてボスは、ヴァドやシンタを見ながら言う。
「安心しろ、そいつらは別の生き方もできる奴だ。ヴァド、こいつらを頼むぞ」
ボスに託されたヴァドは、静かに頷いた。
「ああ」
「ボス、なに勝手に言ってるんだよ。まるで、もう死ぬみたいに……」
涙を流しながら言うシンタには目もくれず、ボスはハクに再び目を向けた。
「この世界を支配しているつもりの偉そうな神もどき共を引きずり下ろせ。お前がそれをやってくれたら、俺もスッキリする」
「勝手に託されても困る……」
ハクは冷たく言い返した。
(こいつは危険な悪人だし、何の思い入れも無いはずなのに……)
それなのに、悲しみを感じている。
ハクは困惑し、迷っていた。
それでも、全てが丸く収まる理想的な結末を望み、期待した。
(これは自己中心的な思いだ。それでも……)
顔を上げたハクの目には涙が浮かんでいた。
「私は、あなたを助けたい!」
「お前はやっぱり善人なんだな」
ボスは呆れたような顔で、冷たくハクを見やった。
「だが、俺の生き方を誰にも邪魔はさせない!!」
自身の手を傷つけようとしていたハクの腹部に、重たい衝撃が響いた。
「ウッ!」
「俺の勝ちだ」
ボスのドスの利いた声が最後に聞こえ、ハクは意識を失った。
◇
次に目を覚ました時、ハクは結界の中に戻っていた。
周囲を見渡したハクは、啜り泣いているシンタの姿を見つけた。
「思ったより早く起きたな。さすが
ヴァドは落ち着いた様子で、ハクの隣で木に寄りかかりながら座っていた。
そんなヴァドに、ハクは静かに聞く。
「ボスは?」
「死んだよ」
「そう……」
あっさりとした会話だった。
(けどこれで悪事を働く盗賊のボスは死に、結果的には良かったのか……)
そう考えながら、ハクは歯を食いしばった。
(……そんなわけないだろ! 人が一人死んでるんだぞ?)
ハクには何が正しかったのか分からなかった。しかし、終わったことはもうどうしようも無い。
自分の行動を振り返って、ハクは大きなため息をついた。
(ああ、やっぱり私って本当にどうしようもない人間だな)
それからハクは服の土をはらって立ち上がった。
(これからどうしよう……)
そんなハクの耳に、唸り声のような音が聞こえた。
「え?」
困惑するハクに対して、ヴァドは冷静だった。
「来たか」
「どういうこと? インフィニティドッグはボスが倒したんじゃ……」
「ボスは確かに攻撃を加えて弱体化はさせたが、完全に仕留めたわけじゃない」
その時、ハク達を守っていた魔術結界が消失して行くのが見えた。
「時間切れか。もう一度貼るだけのストックもない」
ヴァドは淡々としていた。
そして、木々の隙間からは無数のフレイムドッグの姿が見えた。
「ここからが本番だ」
そう言ってヴァドは剣を抜き、他の盗賊達もそれに続く。
終わったことをくよくよ考えている余裕は無かった。
(今は、戦うしかない)
現れた無数の魔獣相手に、ハクも杖を構えた。
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