15-4 盗賊の命
怪物に立ち向かって行くボスを、ヴァドは悲壮な表情で見送った。
(あんな怪物に勝てるわけがない)
ハクはそう思ったが、声に出すことは無かった。
ボスの覚悟に泥を塗るようなことは趣味じゃないし、それはヴァドも同様だろう。
それからヴァドはすぐに真剣な表情に切り替わると、十数枚の魔術符を取り出した。
そして、倒れた盗賊達を取り囲むように、周囲の木に貼っていく。
『
ヴァドが魔術を起動すると、結界のようなものが周囲を包んだ。
「これでひとまず大丈夫なはずだ」
ヴァドの言葉の通りで、再び降ってきたインフィニティドッグの白い炎は結界に阻まれ、中にいる人をこれ以上傷つけることは無かった。
しかし、一度白い炎を浴びた盗賊たちは、それだけで致命傷を受けているように見えた。
目立った外傷はない。しかし、苦しみ衰弱していくその姿は、確実に滅びへと向かっているように見えた。
「頼む!!」
突然の声にハクが視線を向けると、そこには頭を下げるヴァドの姿があった。
「お前の力で、こいつらを助けてくれないか?」
ハクは周囲を見回し、苦しむ人たちの姿を見た。
ハクもさっき経験しているから、彼らの苦しみは想像できる。彼らが今もその苦しみの中にいる事を考えると、胸が痛んだ。
ハクはすぐに助けようと、まずは近くのシンタの横に膝をついた。
そして、鋭くした杖の先端で指を切ろうとした時、ハクの動きは止まった。
目の前では、シンタが今でも苦しんでいる。
しかし、ハクはその様子を見つめながら迷いを抱いた。
(この人たちはみんな盗賊だ。今この悪党たちを助けて、将来誰かを傷つけたらどうする? その責任を僕はとれるのか?)
「助けてくれ……」
滅びゆくシンタの震える手が、ハクを掴んだ。
「あなた達は悪人だ。それに、救うには命が必要だ」
ハクは呟くように言った。どうするべきか、迷いが消えなかった。
「俺が悪かった。これまで多くの人を傷つけた。謝るから助けてくれよ。命は俺の寿命を削ってくれて構わないから……」
シンタは目に涙を溜めて、縋るように言った。
これまで散々悪事を働いてきた人間の命乞いは、ハクの目には惨めに映った。
(ここで死んでも、自業自得だ)
冷たい考えが、頭に広がる。
「頼む! みんなを助けてくれ。こいつらは好きで盗賊をやっていた奴ばかりではないんだ」
ヴァドは地面に額をつけて、懇願していた。その目には、うっすらと涙すら浮かんでいた。
(悪人のくせに、なんでそんなに必死に……)
「俺たちは確かに悪党だ。だが、同時に一人の人間なんだ。それぞれが事情を抱えて、こんな境遇に陥っている。悪人の分際で、身勝手で滑稽な願いだとは分かっている。それでも、どうか助けてくれ!」
怖かったはずのヴァドの顔の傷が、厳しい過去を生き抜いてきた証に見えた。
必死に頭を下げるヴァドの様子を見て、ハクは眉尻を下げた。
(他人のためにそこまで頭を下げるなんて……、似合わない)
仲間思いのヴァドは、やっぱり実はいい人なんじゃないかと、少し思ってしまった。
それからハクは再び、苦しそうに呻いているシンタに向き直った。
(ああ、やっぱり私って……)
最初から結論は決まっていた。どうしたって薄情にはなりきれないのだ。
それにそもそも、人の過去の罪についてとやかく言う資格はハクには無い。それを言い出したら、ハイナドを全て滅ぼしたハクの罪に敵う人は滅多にいないだろう。
『思ったんだ。もし君たちに違う生き方を提示できたらって……』
ふとハクの記憶に蘇ったのは、いつかの正義感の塊のような青年の声だった。
フッと軽く笑ってから、ハクは真剣な表情でシンタに告げた。
「約束してください。今後の人生で決して悪いことはしないと」
「ああ、約束する! もう悪い事はしない! だから助けてくれ!」
死にかけのシンタの必死な声を信じていいものか、ハクが少し
「俺も誓う。こいつらにもう決して悪事を働かせないと。俺が責任を持って見張るし、面倒も見る。だから頼む」
ヴァドの言葉は信じてもいい気がした。
それから、ハクは最後に
「だったらついでに、もう一つお願いします。もし仕事が無いようだったら、ハイナドの復興に力を貸してもらえませんか?」
するとヴァドは少し目を丸くした後、しっかりと頷いた。
「分かった。約束しよう」
「交渉成立です」
それからハクは、杖を使ってシンタの寿命を回収しながら、血を口に垂らした。
そしてシンタが起き上がり、白い炎の影響が消えたのを確認したハクは、立ち上がり次の盗賊の元へと向かった。
そうして一人ずつ、今後の生き方についての誓いを結ばせてから、ハクは盗賊たちを救っていった。
「ありがとう」
「約束、守って下さいくださいね」
最後の一人の治療を終えたハクは、響き渡る振動に意識を向けた。
ずっとインフィニティドッグの気を引いて、盗賊達を治療する時間を稼いでくれていたのは、盗賊のボスだ。
ハクが暴れているインフィニティドッグに目を向けると、そこには意外な光景があった。
まさにその時、白い炎を吐いている頭一つが切り落とされていたのだ。
目を見開いたハクの視線の先には、頭を三つ失ったインフィニティドッグと、宙を落ちるボスの姿があった。
「あっ!」
落ちていくボスに向けて、残り三つの頭が白い炎を吐こうとしていた。
そして、ボスが最後の一撃を放つのと、白い炎に包まれるのはほとんど同時だった。
インフィニティドッグは霧のように消え、白い炎に焼かれたボスが木々の中に落ちていくのが見えた。
「「ボス!!」」
盗賊たちが次々と叫んだ。
「行くぞ!」
走って行くヴァドを追って、ハクもボスが落ちて行った方へと向かった。
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