15-2 修行

『インパクト!!』


 ハクが放った衝撃波は、盗賊のボスへと飛んで行く。


 だが、ボスは表情一つ変えずに剣を抜き、魔法を断ち切った。


(マジか……)


 初撃を防がれたのはハクの想定外だった。ボスをとりあえず吹っ飛ばしてからヴァドをどうにかするつもりだっだが、考えが甘すぎたようだ。


 ハクは焦りを表に出さないようにしながら杖を構えると、ボスはドスの聞いた声で震えているシンタに言う。


「シンタ、そんなに怯える必要は無い。こいつみたいないい子ちゃんには、人を殺せやしない」

「は? でも俺の目は確かに……」


 シンタは困惑しているようだ。

 完全に甘く見られていると感じたハクは、挑発するように言う。


「多すぎて信じられない?」


 すると、ボスは憐れむような視線送ってきた。


「強がる必要は無い。強がった所で実力差は変わらないぞ?」


 返す言葉が見つからなかった。完全に実力が読まれているように感じた。


 追い詰められているハクを前に、ボスは剣を鞘に収める。


「だが、シンタの話を聞いて腑に落ちた。こんなガキがそんな上等な杖を持っていた理由もな」


 そして、ボスはハクに告げた。


「お前、そなだろ?」


 ハクはその言葉に、心臓が止まるかのような衝撃を受けた。


(気がつかれた?)


 表情が固まったハクを前に、ヴァドも呟く。


「やはりそうだったか」


 供え子だとバレたら、何をされるか分からない。最悪、血を奪うために、神魔塔党の時のような扱いを受ける可能性だってある。


「おおかた、神魔塔党から逃げ出してきたんだろ? それでその時に、ハイナドを滅ぼしたのか?」


 焦っているハクを相手に、盗賊のボスは次々と言い当てていく。

 それから最後に、何かを企んでいるような笑みを浮かべた。


「そんなに怯えるな。安心しろ、俺たちはお前の存在を神魔塔党に告げ口するつもりは無い」


(最悪の結果だ)


 ハクは絶望の気配をすぐ近くに感じながら、かろうじて戦う意志を保っていた。


(こんな奴らに、利用されてたまるか……)


 反抗心は残っているけれど、勝ち筋は見つかる気がしなかった。


 そんなハクに、盗賊のボスは一つの提案を述べる。


「ここまで逃げて来たお前にチャンスをやろう。もし、お前が俺と一対一で戦って勝てたら、その杖を持って帰っていいぞ? その場合、他の盗賊達に手出しはさせない」

「いいのですか、ボス」


 ヴァドの言葉にボスは頷いた。


「ああ。それでお前はどうする?」


 ボスの狙いは分からなかったが、ハクはその提案に乗るしかなかった。他の盗賊全員を相手にするよりはマシだ。


「分かった。その代わり、僕が勝った暁には約束を守れよ」

「ああ、もちろんだ」


 盗賊のボスの満足げな笑みは、ハクにとって嫌な予感を増すものでしかなかった。


 ◇


「ウッ!」


 蹴り飛ばされたハクは、地面にうずくまりながら歯を食いしばった。


「はやく立ち上がれよ! 帰りたくはないのか?」


 挑発するようなボスを、ハクは精いっぱい睨みつける。


「いい目だ。まだ諦めるつもりは無いようだな」


 盗賊のボスの狙いは、すぐにはっきりした。

 盗賊の下っ端達に見られる中での戦い。

 何度やられても復活する不死身のハクは、都合の良い見せ物だ。

 あるいは、ボスのサンドバッグ代わりなのかもしれない。


 傷ついた体を治しながら、ハクは立ち上がった。


 どれだけ傷ついても治るから、特殊な場合を除けばハクが完全に負けることはないだろう。

 しかし怪我をすれば痛みは感じるし、体の修復には命を消費する。


(命を無駄には出来ない)


 今のところ命は十分にあるが、最悪の場合、力尽きて暴走だってあり得る。


(早めに決着をつける!)


 ハクは杖を構えて、攻撃を待ち構えている盗賊のボスに向けた。


刃鳥はどり


 ハクが生み出したのは、刃のような翼を備えた鳥たちだ。


「行け!」


 3羽の刃鳥はボスに向かって、素早く突っ込んでいく。 


『インパクト!』


 ハクは同時に魔法も放ち、攻撃を重ねる。


 しかし、ボスの表情には焦り一つ無かった。


「つまらん!」


 剣で全てを断ち切ったボスは、ハクが気がついた時には手が届く距離にまで迫っていた。


 ハクは咄嗟に後ろへ跳んだが、体を裂かれる激痛を感じてその場に倒れる。


『ヤバい……』


 普通だったら、とうに死んでいる。


 体の熱も、意識が飛びそうになる激痛も、吹き出した血も、再生の能力によってすぐに元に戻って行く。


 しかし、体が戻った所で、また負けるだけだ。


(どうしたら……)


 諦めの二文字が、脳裏にチラついた。


 しかし、そんな時に思い浮かんだのは、アルナの顔だった。


(ダメだ。私はアルナの所に帰らないと。まだ呪いも解いてないんだから)


 ハクはもう一度立ち上がる。


(それまでは、終われない!)


 杖を構えたハクに、ボスはため息をついて言った。


「ダメだ、根本がなっていない」


 瞬きの合間に、ボスはハクの背後に移動していた。


『インパクト!』


 咄嗟に後ろに向けて魔法を放ったが、ボスは魔法ごとハクを蹴り飛ばした。


 転がって地面に倒れるハクに、ボスは言う。


「魔力は力の源だ。高度な魔法ばかりで、お前は魔力の本質が分かっていない」


 ボスが振った剣を、ハクは杖を咄嗟に剣に変形して防ごうとした。

 しかし、正面からぶつかった剣の圧倒的な力に、ハクは再び吹き飛ばされる。


「魔力とは、己を守る力。そして、望みを叶える力だ。外にばかり向けていては、空回りするだけだぞ?」


 ボスのその言葉に、ハクはふと冷静になった。


 これまでデタラメな力だと思って深く考えていなかったが、ボスの強さには何か秘密があるのではないか。


 ハクは深く息を吐いて、集中する。


 そしてボスの動きを観察した。


 一挙手一投足に至るまで見逃さず、体の感覚を総動員した。


 ハクの深紅の瞳が赤く光るのを見たボスは、笑みを浮かべた。


「少しは面白くなりそうだな」


 感覚を研ぎ澄ませたハクは、静かに言う。


「おじさん、親切だね」

「その方が面白いだろ? 少しは歯応えがないと、打ちのめし甲斐がない」



 ボスの魔力は、体の動きに合わせて流れるように動いていた。


 その無駄のない魔力の動きは、行動を素早く、力強いものとしていた。


(なるほどね)


 何度も吹っ飛ばされる中で、ハクも少しずつ体を流れる魔力の扱いを覚え始めていた。


 どうすれば痛みが減るのか、衝撃を受け流せるのか、攻撃に耐えられるのか。


 死線を行ったり来たりするような極限の戦いの中で、ハクは着実にボスの動きに対応できるようになっていった。



 もう何度倒れたか数えきれない。


 いつの間にか、観戦していた盗賊達はみな眠りに落ちている。


 それでも戦いは続き、ボスの剣を後ろに跳んで避けたハクは、杖を振った。


『インパクト』


 剣で魔法を断ち切るボスに、ハクは近づく。


 そして、目前まで迫った所でもう一度魔法を放つ。


『インパクト!』

「無駄だ!」


 ボスは剣を振ったが、その時ハクはもう地上にいなかった。


「なに?」


 ハクが魔法を放ったのは地面で、その反動で宙に浮かんでいたのだ。


 そのままハクはボスの頭に向かってかかとを振り下ろした。


 しかし、ボスは両腕で受け止めて、ニヤリと笑う。


「フッ、少しはやるようになったな」

「まだだ」


 ハクは足に魔力を流し、魔法を放った。


『インパクト!』

 

 するとボスの表情は歪み、耐えきれずに初めて膝を地面についた。 


 再び距離を取ったハクは息を切らしながら、喜びを噛み締めた。


(やった!)


 勝ちには程遠いが、ようやく一撃を加えることができたのだ。


 逆に言えば、これが今のハクの限界のように感じた。


「フッフッフッ、ハッ、ハッ、ハッ!」


 一方の膝を地面についたボスは、楽しそうに笑っている。


 それから、ボスは剣を鞘に収めて言う。


「少し休むか?」


 その提案は、ハクにとっても願ってもないことだった。


 ずっとぶっ続けで戦っていたから、疲れが尋常では無かった。


「そうしよう」


 辺りを見渡すと、少し空が白み始めていた。


「飲むか?」


 他の盗賊達がいびきをかきながら寝ている中、一人起きていたヴァドが水を差し出してきた。


「ありがとう」


 ハクはありがたく受け取って、渇いた喉に水を流し込んだ。


 そうして一息つきながら、ハクは同じように水を飲んでいるボスに尋ねた。


「どうして、僕を鍛えようとするの?」


 長い戦いの中でハクは感じ取っていた。

 これは修行だと。ボスはハクを鍛えようとしているのだと。


「敵のはずなのに」


 すると、ボスは鼻で笑って言う。


「お前は敵にすらならねぇよ」


 それから、少し間をあけてからボスは言う。


「これは投資みたいなもんだ」

「投資?」


 怪訝な顔をしたハクに、ボスは言う。


「ああ、そうだ。お前はいつか必ず、この世界をぶち壊そうとするからな」

「そんな事をするつもりは無いよ」

「いいや、するさ。悪人の俺でさえ、この世界をぶっ壊したいと思っているんだ。善人のお前なら、なおさらそう思うさ」


 それからボスは、拳を空へと突き上げた。


「神を名乗る、あのムカつく奴らを引きずり降ろす。この世界はあいつらのオモチャじゃねぇんだ」


「どういうこと?」


 ところがハクのその問いは、響き渡った凄惨な悲鳴によって遮られた。


「ギャー!!」

「何事だ?」


 ボスやヴァドの前に、見張りをしていたシンタが駆けつけて言う。


「魔獣だ! それも数が……」


 シンタが言い終えるよりも先に、ボスとヴァドは剣を抜いた。


 ハクが周囲を見渡すと、既に魔獣に囲まれている。


 それは背中に揺らめく炎を帯びた白い犬、おびただしい数のフレイムドッグだった。







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